彼は何故か(独特の体型からくる劣等感でもあるのか) ロシア人のくせにダンスができない。 アステアとチャリシイの鮮やかなダンスを、うらやましそうに眺めているが、 ついに、俺のダンスはこれだ、という。 そうして机と机の間に肘をかけてぶらさがるようにし、 足だけこちょこちょ動かすのである。 彼はこの映画の中で、踊りたくなる気分になると、 一人でその恰好になって足を動かしはじめる。 どうも、私は涙腺がヨワいらしく、 映画を見ていてしょっちゅう涙を流すのであるけれども、 この場面でも、ほろりとなった。 ダンスひとつ、人と肩を並べて踊れないような、実に独特の恰好で、 長いことよく生きてきたね、と私はスクリーンの彼にささやきかけた。
◇ ピーター・ローレの不思議なダンスは象徴的でなにをやっても 自己流の不細工な形にこだわってしまう。 もっとも私のような男はやっぱり少数派で、 ピーター・ローレに親近感を感じる人は、すくないのだろう。 昔、編集者のころ、塩田英二郎さんとウマが合ってよく飲み歩いたりしていた。 夢みるユメ子さんなどの漫画でおなじみだった人である。 塩田さんに、私としては最大級の賛辞を呈したつもりで、 「塩田さんは、ピーター・ローレに似ていますね」 塩田さんはなにもいわなかったが、すくなくとも嬉しくはなさそうだった。 塩田さんは、漫画の人物と同じくスマートはプレイボーイを自認していた。 それ以来、ピーター・ローレのことは私だけの密室においておくことにした。
★なつかしい芸人たち/色川武大★
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