五匹目がくる前、三匹と四匹では大した差はないように思えました。 四匹と五匹でも大した差はなかった。 ところが不思議なことに、五匹が六匹になると、単なる六匹の猫ではなくて、 猫が密集隊を組んでいるように思えてきたんです。一致団結しているのではないですよ。 それどころかありとあらゆる内輪もめの始まりだ。 でも、とにかく、六匹というのは五匹よりもはるかに多く思える。 この春に一匹死んで五匹になってみると、これがまた、五匹の別々の猫に見えてくるんですよ。
◇
ほとんどの名前は紫式部の『源氏物語』から取りました。 今のところ『源氏』は無尽蔵に思えますが、やっぱり日本の名前は発音しにくいことはあるもんで、 そういうときには日本語ではないニックネームがふと浮かんでくる。 どの猫も、六つばかりニックネームを持っています。
◇
産まれてこのかた、信じられないようなシャイさと信じられないような 人なつこさの間で引き裂かれながら生きてきたんです。 『本棚に駆け上がって姿を消そうかしら、それともそっちに行って誰かにお話ししようかしら』 という板ばさみで、発作のようになっていることがよくありますよ。 十歳のときに、喉を鳴らすことを覚えたんです。 わたしにはいつでもなついてくれたが、喉慣らしは遅かった。
◇
わたしの獣医はいつでも、猫の入ったかごを診察台に置いておくんですよ。 この茶色猫のことを話題にしたときには、わたしは貰うつもりなんかなかった。 ところが獣医が言ったんですよ、 『あの猫を貰う人は、怪我のせいで、どんなひどい障害が残っているか見てからにした方がいいですね』 と。『ええっ、かわいそうに、いったいどうしたんです?貰いましょう貰いましょう』 とわたしは言ってしまった──他に貰い手がないだろうと思って。 テラスから落ちるか、突き落とされたかしたんですな。 背骨が折れて曲がっていたから、お座りをすると後足が片方突き出してしまうんです。 妙な姿勢で座るしかないものだから、背中の毛が全部抜けていた。 すでに何日かそのかごにいたんです。外に出したら、床を這いずって動くじゃありませんか。 『ああ、どうしよう?他の猫どもは、自分たちほど敏捷でないと見て取って、 こいつを殺してしまうぞ』という気がした。 とにかくうちには連れて帰ったものの、何かに乗っかったりはとてもできまいと思っていました。 ところがどっこい、やつは元気のかたまりですよ。 怪我をした理由だが──テラスから落ちたんじゃなくて、 なんだかひどく幸せな気分になってふわっと飛び出したんじゃないでしょうかね。 いつでもわたしの肩に座りたがるんですよ。しゃにむに上がってくるんだ。 貰ってきてよかったと思っています。
★どんどん変に(エドワード・ゴーリーの猫たち)/エドワード・ゴーリー★
|