扉が開き、知らない女性が現れた。大きな鞄を手にもっている。
津田の、新しい彼女か。
女は怪訝な、というよりもなんだか不機嫌そうな顔をしている。
「どうも」僕は津田の友人で、少し前から泊めてもらっているのだと説明した。
「もしかして七郎さん」といったので驚いた。
女は赤くつやつやした唇の端で笑ったように思えた。コートの襟のファーが純白なので唇が余計に目立つ。
台所に三人分入った紅茶と、僕の下着姿を見比べながら女はいった。
「誰かくるの」
「いや」僕はマグマップを置いて、ベッドから半分ずり落ちているズボンを急いではいた。
「よかったら、それ飲んでいいよ」津田の彼女?と訊こうとして
「津田の知り合い?」と言い直す。女は答えずに、台所の茶碗をじろじろとみた。
「彼は?」
「今日も仕事みたいだよ」
「だったら伝えて。いくって決めたって」女は突然きっぱりした口調でいった。
「どこにいくって」女はいえば分かるといった。くだらないことをきくなという感じだった。
「『私じゃなくても、いつか誰かに刺されるよ』って、彼にいって」女は僕を見据えて言い放ったが、
その前の「分かる」の断定だけで僕はもう十分すぎるほどうろたえていた。
女はふと紅茶を手に取ろうとカップに触れて「熱ーい」といってますます不審気に僕をみた。
★パラレル/長嶋有★
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