だが、げんに大尾は病人で、しかも、ひどい病気のようなのだ。
そんな大尾を、もし元気だったら、などとおもうわけがない。
そんなふうにおもう、おもえるのは、そこに大尾がいない、つまり物語のなかだけだ。
あのとき、ぼくは、大尾が元気だったら、なんておもいもしないし、
おもえもしなかっただろう。
げんに、そこに大尾がいて、ぼくといっしょにいても、
ぼくは、大尾とぼくの物語をつくるかもしれない。
だが、大尾とこうしているんだから、物語なんかつくらない、
つくれないといったこともあるにちがいない。
しかし、物語は、なまやさしい相手ではない。
なにかをおもいかえし、記録しようとすると、もう物語がはじまってしまう。
★大尾のこと/田中小実昌★
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