あの大尾が、あんな風に死んだ、ひどいもんだ…ぼくは、自分でかってにつくった、
それこそひどい物語を、ひどがっている。
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そして、こういう物語には、たいてい、ぼく自身もいい子の役ででてくる。
いや、直接、ぼくはでてこなくても物語の世界を成立させている主人公だ。
また、ぼくの兵役物語の中で、ぼくが、得々として、初年兵という役をやっていたことも白状する。
初年兵は、コキ使われ、人間あつかいにされない、あわれな下女だ。
そして、ぼくは、人間あつかいにされない、兵隊のうちにいれてもらえない初年兵として、
逆に、兵隊の罪をなじり、兵隊のおろかさをわらった。
◇
ところが、ぼくは、あわれな、しかし罪のない初年兵として、
兵隊のとき口がきけなかったぶんをとりかえすように、しゃべりまくっている。
また、そんなに、声高く、恥ずかしげもなくしゃべれるというのも、
ドラマの中の初年兵という役にすんなりなれているからだろう。
古参の兵隊だった人たちは、こうすんなりとはいくまい。
★大尾のこと/田中小実昌★
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