このとき私はまだ皿をおかないでいた。
けれど二助はなお蘚から眼をはなさないでうで栗を噛み割ったので、
うで栗の中身が少しばかり二助の歯からこぼれ、ノオトの上に散ったのである。
私は思わず頸をのばしてノオトの上をみつめた。そして私は知った。
蘚の花粉とうで栗の粉とは、これはまったく同じ色をしている!
そして形さえも同じだ!
そして私は、一つの漠然とした、偉きい知識を得たような気持ちであった。
──私のさがしている私の詩の境地は、このような、こまかい粉の世界ではなかったのか。
蘚の花と栗の中身とはおなじような黄色っぽい粉として、
いま、ノオトの上にちらばっている。
そのそばにはピンセットの尖があり、細い蘚の脚があり、
そして電気のあかりを受けた香水の罎のかげは、一本の黄ろい光芒となって
綿棒の柄の方に伸びている。
★第七官界彷徨/尾崎翠★
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