ああ、僕は、何となく、出掛けてって松木氏を殴りたくなってしまった。
殴ってやりたいな。ポカリとひとつ。
そしたら、あの動物学者の眼の角度も、すこしは正しい方に向くかもしれない。
そしたら松木氏も「識閾化動物心理学」などという気の利いた動物学をやり始めるかも知れないんだ。
そしたら氏も、僕の烏の詩を怒ったり、おたまじゃくしの人工品を届けてよこすなど、
よけいなおせっかいをしなくなるであろう。
出掛けてって殴りつけてきたいな。鮮やかなやつを一つ。
拳固というものは、クッキリと一個だけ見舞うのがもっとも効果的だ。
そんなやつなら、一個で全然意志が通じるであろう。
★地下室アントンの一夜/尾崎翠★
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