「新しく結婚するそのお医者さんと、幸せになって下さい。
その人が私と一緒に暮らしてくれるという気持ちは嬉しいけれど、
やっぱり離婚経験有りで尚且、こぶつきというのは結婚するにあたって、
お母さんにとって不利だと思います。
お父さんが離婚に応じないとか駄々をこねれば、私がきちんと説得しますから」
私はわざと敬語で、他人行儀な口調でそういうと、母親は泣き出しました。
「やっぱり離婚、しんとこか。新しい結婚、諦めようか。
お前と別れて暮らして、勝手に自分だけいい思いするなんて赦されへんわ」
不安げにしくしくと涙を零し続ける母親に私は返しました。
「山を歩いてて、金の鉱脈を発見して、
そこを掘らずにみすみす見逃して通り過ぎるのは、只のアホだと思う。
偶然、そんなラッキーが自分の目の前に現れた時、
自分だけが楽をして得するなんて狡いと考える、
そういうのは欲がないというんじゃないと思う。
突然の大きな幸せが舞い込んできた時、
人はその幸せを前にして、急に臆病になる。
幸せを勝ち取ることは不幸に耐えることより勇気がいるの。
大切なものを見つけたら、それを絶対に手放さない、守り抜く、
たとえ他の大きなものを失うことになろうと。
だって、本当に大切なものに巡り合えずに死んでいく人だって、
沢山いるんだからね。甘えてちゃ、駄目だよ」
★下妻物語/嶽本野ばら★
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