殺される、死ぬーっと叫び続ける息子。
だいじょうぶだといいながら病院めざして車を運転しつづける父親。
このとき本人には自分を殺しにくる悪魔の姿が見えているわけではない。
迫ってくる悪魔は得体の知れない不気味なものが、
いままさに自分の体の中に押し入ろうとしている、その感覚が実感として感じられたのだという。
そいつが入ってしまったら、殺されてしまう。
「ほんで、くるくるくる、あの殺しにくるやつがくるって、車の中でさけんでたら、
親父が『だいじょうぶだ、ターッ!』っとか、いいだしたんだよね」
剣道で打ちこみをするときのように、父親の気合が走った。
「俺がそんなやつ追っ払ってやる、ターッとかいいだして。
でもそしたらほんとに、気が楽になって。
その、殺しにくる威圧感みたいなやつがすっと取り払われたんだよね」
父親が大声で気合をかけたとたん、霧が一気に晴れるように、
あれほど強かった恐怖が吹き飛んでしまった。
ふとわれにかえる本田さん。
けれどしばらくするとまたあの「殺しに来る」という、悪夢のような感覚がよみがえってくる。
悪魔が、自分の身体に押し入ろうとしてくる。
そこで「親父、きたきたっ」と叫ぶと、すかさず父親が「ターッ!」と気合をかける。
悪魔が消えていく。そんなことをくり返しながら、日赤病院にたどりついた。
★悩む力/斉藤道雄★
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