南北「あんた、聞けば、侍分を捨てたって話をしたな。
何かよほどのことがございましたな。あんた自身の話のほうが、おもしろそうだ。
この一両分の時間の中で、あんたというニンゲンの話を、
お金の匂いのする狂言にしたててくれよ」
◇
ムツ「三ですよ!おもしろは!七は怒ってんです」
◇
実ノ介「芝居という芝居が、実は、芝居という芝居のふりをした芝居であれば
いい芝居だなと思ってたんですが」
◇
実ノ介「ほんと、誰かに、いつか否定してほしいんだけどね、(しみじみ)命ってさ、
言いたくないけど、重い軽いがあるからね。(刀をチンとさやに収める)
俺は否定できないよ。ただの、くだらない侍だから。
ただあんまし痛くならないように、ヤットウだけは、ちゃんと稽古したからな。勘弁よ」
◇
南北「嘘か真か、命をはったガセ小判が二両。あんたの命の一かけ二かけと思って、
懐に抱きましょうか。ただし、これがガセだとわかれば、あたしも地獄行きだ。
それを覚悟に聞くだからして。こっから先のあんたの嘘に、これっぱかしも嘘が混じってたら、
いいかい、あんたも地獄に道連れだよ」
世阿弥「いいこと言いますね」
南北「…え?ごめん、今のそれ、批評?」
世阿弥「い、いやいや、……他意はないです。素直な、ほんと…ええ」
◇
実ノ介「掘れ、掘れ。もっと深く掘ってくれ。この穴は俺の夢だ。
家も国も捨てた俺の夢が、そんなに浅いわけがない。
なあ、なんか見えるか。見えたら教えてくれよ。
しかし、江戸ってところは、俺と相性がいい。
国じゃ基地外扱いされた俺が、こうして、なんとか生きてる。
だから、この町で、俺は書きてえんだ。書きたくてしょうがないんだけどよ、
じゃ、何が書きてえのかっていうと、おもしれえことに、書きたいことが何もねえんだ。
おもしれえこと思いついてもよ、世のなかのの方が、先におもしろくなっちまうんだ。
でもよ、空っぽのはずはねえじゃねえか。掘れ。掘れ深く掘れ。
なんかあるだろう!おーーーーーい!」
◇
灰次「…わからんが、とにかく、ふつうにしてろ」
お吉「(引き留める)ふつうって、何さ?」
灰次「お吉っぽくしてろ。おまえの持ってるお吉さしらを、あますところなく、醸し出してろ」
灰次、走り去る。
お吉「そんなの無理だよ!あんたがいうお吉って、どんなお吉さ?
そんなの、生まれてこの方、自分で決めさせてもらったことないもん!
わかんないよ、勝手なやつばっかだ。……ああ、嫌だ。もう、嫌だ」
◇
南北「盛り上がって、よかったじゃない!これ以上、何が必要だ!」
間。
実ノ介「ほめてほしい!」
南北・世阿弥「はあ?」
実ノ介「天下の鶴屋南北、河竹世阿弥にほめてほしい!
日本を変えるような大芝居を打ったのに、なんの評価もいただいてないんです!」
南北・世阿弥「すごかったね」
南北「さあ、口ずけをしよう」
実ノ介「たりねえ!たりねえ!」
世阿弥「お上に背を向けるわ、ほめられたいわ!どっちかにしろ!
この、ほめられ乞食!」
南北「なあ、俺たちに、さわろうとしてごらん」
実ノ介、南北たちにさわろうとするが、どうしてもさわれない。
世阿弥「さわれないでしょ、あんたはまだ、あたしたちと同じ板の上にいないからよ」
実ノ介「同じ板?」
世阿弥「ほめてほしくば、こっちゃきやれ」
★ニンゲン御破産/松尾スズキ★
■ 南北◇松尾スズキ 世阿弥◇宮藤官九郎 実ノ介◇中村官九郎 ムツ◇片桐はいり 灰次◇阿部サダヲ お吉◇田畑智子
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