私昔とても好きな人が居た。
好きでも、私好きですなんて手紙に書いたり出来ないので、
雨が降った話や、地図やどっか行った時の話を、毎日手紙に書いた。
雪の上におしっこをして詩を書いた話まで書いてしまった。
せっせと書いた。電車の中でも書いた。
そしたらその人「あなたが好きです」って言った。
私一言も好きだなんて絶対に書かなかったのよ。
私その時から手紙書くの好きになったのかもしれない。昔々のはなしです。
そしてそんな昔じゃない時、私は忘れていたのだが、
「あなた、覚えている。『私あの男絶対に落として見せる、手紙で』って言ったのよ」
と友達に言われて仰天した。私本当に、その男落として今一緒に住んでいるのである。
その時だって、好きだって一言も書かなかった。本当だってば。
だけど、私そんなに助平じゃない。今せっせと八十四歳のおばあさんに手紙書いてる。
私おばあさんを落とそうなんて思ってない。ただ手紙書くのが好きなのよ。
★ふつうがえらい/佐野洋子★
|