「いろんな記事によっても、桜井さんはよほどラーメン好きのようですが、
何か幼児体験というか、原因がおありですか?」
「そんなものは一切ない。ただ、あれは実に手軽に作れる。
要するに一九八〇年代の食品として、前々から研究していただけですよ」
「ほほう、八〇年代」と、記者は鼻で言ってなにかをメモし、
自分でウイスキーのびんをとって、空になったコップに濃い水割りを作った。
「八〇年代の構想は、ラーメンの他に何かおありですか」
「ウウ、今、研究中じゃ」
「ところで、あなたが前に住んでいらした江東区のアパート、
というより下宿屋ですが、そこもいま別の記者が調べているのですよ」
「ふん、それであなた方は、一体どんな記事を狙っているんです?」
「つまり乞食と王さまの物語ですよ。あなたはこの間まで乞食だった。
それが一躍王さまになってこんな豪邸をぶっ建てた。生活環境から何から、
すべてが狂ってくる。この狂うというのが、わたしは八〇年代の発想と思っています」
★父っちゃんは大変人/北杜夫★
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