そもそもぼくは犬の飼主だった。
小学校四年生から十三年間、ぼくは一匹の犬を大切に飼っていた。
とてもいい奴だった。
この犬のことを思い出す時、ぼくの中には或る柔かく懐かしい何かが溢れるように目覚める。
率直に言って感傷的と呼ばざるを得ないような何かが甘く渦巻いたりして、ぼくを狼狽させる。
ほんとにいい奴だった……。あいつについてこれ以上話そうとすると、
ぼくはきっと何冊も本を書かなくてはならないだろう。
いずれにしてもぼくは、彼に死なれた時、こんな思いをする位なら二度と
生き物は飼うまいと心に決めたものだった。
その後、ぼくは「バクの飼主」めざして暮らすことになった。
人間の眠りの平安を守るために、ひたすらその悪夢を食べるというバク…。
ぼくは、その種の健気なバクをぼくのうちに育てようと張切ってみたわけだが、
その結果、そんな具合に張切った時すべての男子がするように、
ぼくも生活の基本に一種のストイシズムをおまじないよろしく持ちこんだ。
つまりは、どうでもいいことからは逃げて逃げて逃げまくれ。
この「非常時」に、犬・猫の類になどかまけていてなるものか!
★ぼくが猫語を話せるわけ/庄司薫★
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