「しばらくちがう人と暮らしてみたい」
僕は全員が集まる夕食の時に男の理想論を展開する。
高校生の妻と娘は「いいんじゃないの」と涼しい顔をするが、
中学生の息子は「僕はイヤだ。そんなこと」とすぐさま反発してくる。
顔中を汗だらけにしながら、「お父さんは勝手だから嫌いだ」という。
私立の中学生は制服があり、ネクタイを着用するのだが、
息子はこんがらがったネクタイの結び目に毎朝腹を立て怒っているのだ。
それからしばらくして僕は絵の道具と何冊かの本を持って家出をした。
家族のものは僕が長い海外旅行に出るのに慣れているので、あわてることはないだろう。
ほとぼりのさめた頃、家に電話してみると、息子が「どこにいるの」と息を荒くしていった。
「おもしろいからお前もくるか」
「イヤだ……。お母さんが毎日泣いているんだから」
「泣いている?」
「そうだよ」
家出した人間が家にもどる時どんな顔をしたらいいのだろう。
本当に途方に暮れるものだ。
駅前のおもちゃ屋で、息子のために前からほしがっていたアメリカ製の機関銃を包んでもらった。
ついでにといってはなんだが、娘にも安いブローチを入れてもらった。
「オーイ。みんな元気だったか」
足にまとわりつく犬と一緒にドアをあけると、
家族のものは連続テレビに夢中になりながらご飯を食べていた。
娘も「ビデオでもう一回見ようね」とうれしそうである。
機関銃の箱を息子に見せると、無言で受けとり、箸を置き、乱暴に包みを破った。
機関銃を肩から下げて、僕をねらいながら「バキューン」とはじめて奇声を発した。
★黄色い信号機/沢野ひとし★
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