その頃、私は荒んでいた。前衛ジャズを聴き、酒を飲み、人に議論を吹きかけ、
仕舞いには一分間に十も二十もギャグを云って止めなかった。
なぜそんなに荒んでいたのか。
そんなことは分からない。とにかく私は荒んでいたのだ。
そんな調子だから誰も私の相手になるものはない、友人もみな私を避け、
私はとても孤独で凶悪な目をして人気のない公園のベンチで背中を丸めて菓子パンや煎餅をひとり食ったっけ。
寂しかったよ。
そんな私ではあったが、ひとつだけ心が和むことがあった、というのは、
ビルの一階の不動産屋にいた猫で、猫は窓際のコピー機の上にいつも座っていて、
私の顔を見ると、にゃあ、と云う。可愛いなあ。
私は飼い主に無断で猫を「ニコちゃん」と名付け、ははは、
他家をいつまでも覗き込んでいると怪しまれるが、そこは不動産屋、
貸し家の札を見ているような顔をして、いつまでもニコちゃんを見ていることができたのである。
★人生を救え/町田康★
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