「わたしには全然ユーモアのセンスがないんですって。
ユーモアのセンスがないから人生に太刀打ちできないって、父は言うんです」
私は彼女の様子を見守りながら煙草に火をつけた。
そして、本当の苦境に立ち至ったとき、ユーモアの感覚では役に立たないと思うと言った。
「父は役に立つって言うんです」
それは、異説を立てているのではなく、一つの信念の宣言であった。
だから私は、すぐ話の角度をかえた。
私はうなずいて、彼女の父はおそらく長い目で見ておられたのだろう、
一方私のほうは短い目で見ていたのだと、そんなことを言った(短い目とはどんな目か、
あやしいものではあったけれど)。
★エズミに捧ぐ/J.D.サリンジャー★
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