家に禿げ頭の家扶がいて、何かのはずみで「お可愛らしいお嬢ちゃま」といった時は、
怒り心頭に発し、無言で禿げ頭をめった打ちにしたことがある。
そのつるりとした手応えを今も忘れてはいないが、
私が生れてはじめて口にした言葉は、「バカヤロウ」で、
気に入らない医者が診察に来た時、ひと声叫んで浦団を蹴って逃げ出したことを覚えている。
まったく「お嬢さま」にはあられもない暴言であるが、
それが嵩じて何か気に喰わぬことがあると、廻らぬ舌で、「ブッテコロチテチマウ」と地団駄踏む。
二、三年前に亡くなった兄が、晩年になって、
あれをいわれた時はほんとうに怖かったと白状したので、おかしかったことを思い出す。
★白洲正子自伝/白洲正子★
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