武田泰淳氏は、これでもかこれでもかと自分が犯人であることを書きつづけ、
書きつづけるほどに百合子さんの時間が残酷によみがえる。
それはあたかも、精神病患者と精神科医が狂気の中での合意を成り立たせ、
一ミリずつ正気の世界へ浮上しようとする決死の覚悟のようだ。
どちらが患者でどちらが医師かが、この段階で逆転するというのはよく聞く話だが、
この二人はその立場が最初からあいまいなのだ。
武田泰淳は、百合子さんのすべてを書くことによって、戸籍謄本をさし出す儀式の前に、
すでに百合子さんと共に生きる決意を固めているはずだ。
そして百合子さんは、おそらく自分の血縁者がすべて拒絶するであろう内容の作品を書いた武田泰淳を肯定した。
この段階で両者は一体となって何かを切り抜け、二人以外に立ち入ることのできぬ
精神的絆をつくり上げてしまったのではなかろうか。
★百合子さんは何色 武田百合子への旅/村松友視★
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