いくら注いでもコップが一杯にならないと思ったら、コーヒーだったはずの液体が、
いつの間にか夜に変わっているのだった。
コップに注がれている夜を覗き込むと、表面に近いところには小さな星やガスがうずまいていて、
その底では何かが笑っていた。
ぞっとして流しにコップを運び、入っていた夜を全部こぼしてしまおうとしたが、
いくらこぼしても果てがない。
1時間こぼしても、夜はぜんぜん尽きない。
排水口に吸い込まれても吸い込まれても、尽きない。
あきらめてコップを戻してもう一度覗くと、底で笑っている声がますます高くなった。
コップを壁に投げつけると、割れたかけらの間から夜がふわふわと広がり、
ふわふわの中から笑いの主があらわれた。
★惜夜記/川上弘美★
■この後、文章は「大きなニホンザルだった」と続きます。
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