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2007年05月04日(金) 憲法改正と列車内女性暴行事件の嘘と茶番



「 我々の憲法は、その時々の政治の風に吹かれて入ってきた判事達に

  よって洗い流されてしまうような、砂に書かれた憲法ではない 」

               ヒューゴ・ブラック ( アメリカの政治家、裁判官 )

Our constitution was not written in the sands to be washed away by each wave of new judges blown in by each successive political wind.

                                   Hugo Black



フランクリン・ルーズベルトから最高裁判官に指名され、任務に就いた。

任期は歴代2位と長く、20世紀で最も影響力の大きかった裁判官の一人。


アメリカ人は、「 いい加減なもの」、「 長期的に保証されないもの 」 などを指して、よく 「 砂に書かれた○○ 」 という表現を好んで使う。

かなり古いが、パット・ブーン が唄った 『 砂に書いたラブ・レター 』 なんて曲を、思い浮かべる オールディズ・ファン も多いのではないだろうか。

日本国憲法を、「 砂に書いた テキトー な約束 」 と思っている人は皆無で、だからこそ、変えるべきだという人もいれば、違う意見の人もいる。

この問題は日本の将来にとって重要なことだから、議論が白熱することは大いに結構だし、私自身も、まだまだ色々な意見を知りたいと思う。

ただ、どんな問題でもそうだが、正常な思考回路から逸脱しちゃうオツムが病気の人、問題の本質を勘違いしている意見は、単なる雑音にすぎない。


病的で、本質を勘違いされていると思う人は、「 憲法改正は得か、損か 」 ということをよく問題にされていて、そこから発想を広げることが多い。

もし、この 「 憲法改正は得か、損か 」 が大事なら、憲法を改正して日本人が得をすることはあまり考えられないので、「 損だから反対 」 となる。

現状の憲法ならば、どこかで民族が迫害されていようが、おとなしい小国が武装国家に侵略されようが、「 平和主義なので、見て見ぬフリ 」 ができる。

自分が攻撃されたら反撃する ( 自衛隊以外は自分の手を汚さないで )が、そうでないかぎりは何の武力行使も行わないので、出費も危険も少ない。

世界中で、イジメや、弾圧や、迫害や、民族浄化や、地域紛争やら、ありとあらゆる争いが起きているけれども、そんなこと気にしないのが現憲法だ。


なぜ、「 憲法改正で日本人は得をするのか? 」 という思想の人を病的だと思うかといえば、先日の 「 特急列車内強姦事件 」 を思い出して欲しい。

車内に居るのは、レイプ犯、悲鳴を上げる若い女性、約40名の乗客だが、彼のような乗客は 「 女性を助けて得をするのか? 」 と考えるのだろう。

犯人が凶器を持っていて刺されたら損、相手を殴って過剰防衛なんて言われたら損、逆恨みされたら損、被害者に感謝されなきゃ損、…てなものだ。

損か得かじゃなく、目の前にいる 「 自分の助けを必要としている女性 」 に手を差し伸べるのか、見て見ぬフリをするのかが重要な違いである。

この列車内で起きた 「 見て見ぬフリ 」、「 世界がどれだけ危険でも、自分の安全と平和だけが大事 」 という発想が、現憲法擁護の背景にあるのだ。


誤解のないように付け加えるが、すべての憲法擁護論を 「 卑怯者 」 扱いしているわけではないが、先の 「 損得論 」 についてはそのように感じる。

実際、世界の動きに目を瞑って、条文だけを読みふけると、これほどまでに美しく、知的な憲法は他に類を見ないわけで、なんとも素晴らしい。

多少、「 ここに書かれている内容と、世界の実態には隔たりがある 」 かなと疑いつつも、戦後60年、日本はそれを信じ、運命を共にしてきた。

結果、世界からは 「 軍隊を持たない ( 軍事力を行使しない ) 平和な国 」 と評価され、軍備に係る莫大な費用を、産業界の活性化に投資できた。

日本国憲法と共に歩み、軍事力を放棄することによって、経済的な豊かさと、平和国家というポジションを、日本人は世界の中で確立してきた。


過去において現在の憲法が効力を発揮し、それが 「 日本人にとっても 」、「 世界にとっても 」 良い結果を残したのは、疑いようのない事実だと思う。

だから、過去を否定したり、この憲法自体が間違っていると指摘するつもりはないのだが、「 これからも、このままでよいか? 」 は気になるところだ。

60年前の終戦直後、日本に向けた世界の要望は 「 二度と戦争をするな 」 だったわけで、戦争に加担させないことが最優先だったのである。

それから60年が経ち、世界の中に、日本を 「 けして野蛮ではなく、良識的な判断で軍事力を行使できる国 」 と認める国が増えたのは名誉なことだ。

つまり、数十年前までは 「 何もしない 」 ことが日本の役割だったけれど、最近では 「 何か役に立って欲しい 」 と、世界に期待され始めている。


けして、アメリカの真似をしたり、中国に張り合ったりということではなくて、日本は独自の見地で、経済面、軍事面まで幅広く関わればよいと思う。

前述の 「 列車内強姦事件 」 などは、現憲法上の 「 集団的自衛権 」 には抵触しないが、日本古来の武士道精神からみれば 「 恥 」 でしかない。

憲法を改正して日本人が得するかと尋ねられたら、答えは 「 ノー 」 だが、ここらで改正しないと、日本人の自尊心、羞恥心が崩壊する危険がある。

けして好戦的になる必要はないが、自分が正しいと思ったら、凶暴な相手を武力で鎮圧する使命感と、それを行使する権利を、私は欲しいと思う。

そして、列車内強姦事件の傍観者は卑怯だと糾弾し、憲法問題では改正に反対し、世界の傍観者でよいとする 「 矛盾発想 」 は、変で病的だと思う。






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