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2006年12月12日(火) 卑怯者>卑怯者 の話



「 悪魔は自分の目的のためには、聖書をも引用する 」

                                  英語のことわざ

The devil can quote scripture for his own ends.

                                English proverb



日本の、「 盗人猛々しい ( ぬすっとたけだけしい ) 」 とは微妙に違う。

偽善者は、己の悪行を正当化するため、どんな手段も試みるという意味。


いじめ問題に関するマスコミの報道や、ブログの書き込みが過熱する中、私もそうだが、中年以上の男性に多く共通する 「 キーワード 」 がある。

それは、「 なぜ、いじめが良くないか 」 という理由について尋ねられた時、自分より弱い者をいじめるのは 「 卑怯だから 」 という見解である。

武士道に通じる 「 卑怯は許さず 」 という精神が、いまだに多くの日本人の心に生き続けていることは、まことに素晴らしいと思う。

しかしながら、他人の卑怯は責め、自分の卑怯な行為は正当化するというのでは、あまりに恥知らずだし、それこそ卑怯であり、偽善である。

そういう方は、ご自身の姿勢を改めてから、ご発言いただきたいものだ。


最近、いじめ問題のアンケート調査が活発で、「 いじめる側 」 が悪いと思うか、「 いじめられる側 」 が悪いと思うか、などといった設問をみかける。

これに対し、様々な意見を述べる人がいるけれど、個人的な意見としては、「 いじめる側が悪いに決まっている 」 と思うので、どう考えても愚問である。

ただし、「 いじめる側 」 と 「 いじめを苦にして自殺した側 」 という比較論になると、一気に逆転し 「 自殺する側が悪い 」 と言わざるをえない。

ハッキリ言って、圧倒的大多数の人間は、いじめられたぐらいで死ぬことはないから、自殺に至るいじめなど、実際には存在しないのである。

もしも、生死を脅かすような暴行や、脅迫を受けていたとするなら、それは、傷害、暴行、恐喝などの 「 犯罪 」 であり、「 いじめ 」 と呼ぶべきでない。


それでは、なぜ自殺する人間は悪いのかというと、その答は単純明快で、前述のいじめっ子と同じく、自殺が 「 卑怯なこと 」 だからである。

自分を産み育ててくれた親の苦労、一人前に教育してくれた恩師や上司、思い出を共有する友人を置き去りに、自分ひとりが楽になる道を選ぶ。

挫折や失敗に耐え、勇気をもって人生に立ち向かう圧倒的多数を占める 「 自殺しない人間 」 に比べ、自殺を図る人間は明らかに卑怯である。

その他、しょっちゅう 「 死にたい 」 と漏らす人間や、何か気に入らないことがあると 「 死のうかな 」 と呟く人間なども、恥知らずな卑怯者といえる。

人生経験の乏しい子供ならともかく、与党が選挙に勝っては 「 死にたい 」、通勤で疲れては 「 死にたい 」、と漏らす人間こそ、最低の卑怯者である。


この年末の忙しい時期に、「 死にたい 」 という電話をかけてくる馬鹿者がいて、まったくもって迷惑千万な話だ。

他人を殺すと脅せば 「 脅迫罪 」 になるが、今後、法律を改正して、自殺をほのめかした人間も 「 脅迫罪 」 にするべきだと思う。

他人であろうが、自分であろうが、軽はずみに 「 生命を絶つ 」 なんて口にする人間は、人名の尊さを鑑みると、重罪に処すのが妥当だろう。

言い放つことでストレス解消したり、他人の気をひいたり、甘えたりしているのだろうが、聞かされる立場の辛さを、少しは考えたことがあるのか。

そんな輩が、いじめ問題や、政府の諸問題などについて、「 卑怯 」 などという言葉を口にするたび、憤りを通り越して、呆れ果てるのである。






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