| 2006年12月09日(土) |
自分だけが健康でいる悲しみ |
「 恋人たちは一般に、懸命になって自分たちを不安にしようとする 」
ミゲル・デ・セルバンテス ( スペインの作家 )
Lovers are commonly industrious to make themselves uneasy.
Miguel de Cervantes Saavedra
小学生の頃、日曜日の夕暮れ時になると寂寥感をおぼえた。
楽しい時間が終わってしまうのは、なんとも物悲しい感覚である。
1973年、小松左京の小説 『 日本沈没 』 が発表された直後、小松氏側の了解を得た筒井康隆の短編小説 『 日本以外全部沈没 』 が発表された。
日本が沈没するとしたら、日本人は生き延びるために全員が難民となり、世界各地に受け入れ先を求めなければならない。
それに比べると、日本だけが存続し、他国が沈没するという物語は、一見、日本人だけが得をしているような錯覚を起こしやすい。
しかし、もしそれが現実に起きたなら、世界中から難民が押し寄せた挙句、暴力的な軍事攻勢によって、この小さな島国は修羅場と化すだろう。
それよりは、行く先々で肩身の狭い思いをするかもしれないが、散り散りに難民となって他国の厄介になるほうが、よっぽど マシ というものだ。
私は昔から体が丈夫なので、病気らしい病気を患ったこともないし、誰かにいじめられたこともなければ、何かに気を病んで死にたくなったこともない。
体が弱い人や、精神を病んでいる人たちからみれば、私は 「 楽観的 」 であり、それは 「 苦労を知らないせいだ 」 と思われていることが多い。
たしかに、心身が健康でない人のような苦労は知らないし、自分が生き長らえてきたことに、特別の努力が必要だったとは思っていない。
しかしそれは、あくまでも心身が健康でない人の視点であり、自分自身や、同じ様に健康な人の視点でみれば、さほど恵まれているわけでもない。
ある人の日記で、石原都知事を指して 「 苦労知らず 」 と批難する記述を見たが、巷の視点は、日記を書く勤め人より、都知事の苦労の方が多い。
それに、自分は健康でも、自分の周囲が揃って健康というわけではなくて、事実、私の母は30代の若さで亡くなったし、父も既に故人である。
恋をして、結婚を誓った女性は大病を患い去って行ったし、事故や、病気によって友人や、仕事仲間、親戚など、多くの知人との別れも経験した。
自分が健康だからといって、即ち幸福とか、苦労を知らないという単純な話ではなく、そう推測する人はその点でも 「 精神を病んでいる 」 のである。
前述の 『 日本沈没 』 に対する 『 日本以外全部沈没 』 と同じ比較論で、「 自分が不健康 」 と 「 自分以外皆不健康 」 も、苦労度が計り難い。
自分が不幸な目に遭うのも、他人の不幸を目の当たりにするのも、別れを見送るのも、見送られるのも、それは人生の試練なのである。
ある女性に恋心を抱いていて、彼女も自分に好意を示してくれている。
正直な話をすると、もし今度、恋をするなら 「 健康な女性がいい 」 と思っていたのだけれど、また、健康面で不安の多い人を選んでしまった。
恋は理屈じゃないから、好きになってしまったものは仕方がないし、それに彼女は、健康な自分の 「 見送る辛さ 」 をよく理解してくれている。
とはいえ、彼女のほうは不安に思うことが多く、恋に対して少し臆病になっているようで、今後もスローペースな交際が続きそうだ。
焦っているわけではないが、過去を振り返らず、失敗を恐れないで前に進もうとする自分は、少なからず彼女にプレッシャーを与えているかもしれない。
自分は、周囲が病気になったり、死んでしまったり、恋人と別れたりすることが多かったので、無意識のうちに 「 耐える術 」 が身についたのだろう。
それは具体的に言うと、大好きな人が病気になっても、死んでも、生き別れになっても、その悲しみに潰されないですむ 「 鈍感さ 」 のことである。
ときにそれは、病気に苦しんでたり、死を前にしたり、恋が終わることへの怖れを抱く人に対して、ショックを与え、傷つけるものかもしれない。
落ち込んでいる相手を平静に受け止め、クールに対応するのは、相手への配慮や愛情の問題ではなく、たぶん 「 自分が潰れないため 」 なのだろう。
そんな自分を不幸だとは思わないが、少し 「 悲しい奴だ 」 と認識しつつ、性懲りもなく彼女に惹かれてゆく今日この頃である。
|