Tonight 今夜の気分
去るものは追わず、来るものは少し選んで …

2004年07月18日(日) 夏の匂い


言葉では表現し尽くせないモノの一つに、「 匂いの感覚 」 がある。

しかもそれが、幼い頃の曖昧な記憶ということになると、なおさら難しい。


子供の頃の私は、「 夏の夜風の匂い 」 が好きだった。

それは、芳香とか、悪臭とかっていう基準ではなく、アロマとか、フェロモンみたいに 「 五感に訴える刺激 」 でもない。

あの匂いが、どのような仕組みで生み出されるものか、大人にとっても心地よいものなのか、何もわからないし、調べる術も無い。

それどころか、「 こういう匂いである 」 と、詳細に伝えることもできない。

あるいは、読者の中に 「 あぁ、わかる、わかる 」 と賛同してくださる方々がいたとしても、それが私の記憶にある匂いと、同じだとは限らないだろう。


夏の夜、たとえば 「 天神祭り = 7月24日、25日 」 にでも出掛けようと、サンダルを引っ掛けながら玄関の戸を開ける。

時刻は七時過ぎ、アスファルトを溶かすような激しい昼間の日差しが去り、すっかり乾いた打ち水のあとから、微かに蜃気楼のような湯気を感じる。

そんな宵に、どんよりと、もわっと漂う、生温い湿気を含んだ風には、木陰の涼風のような爽快さもなく、ほとんど 「 風 」 というより 「 空気 」 に近い。

たぶん、それが気温を下げる効果をもたらしたり、滲む汗を止めたりすることもないのだろうが、「 何か楽しいことがある 」 予感を子供心に与える。

もちろん確認したわけでもないが、水蒸気の粒を顕微鏡でも覗けないぐらいに細かくした霧が、空気に混じって路上に漂っているようなイメージである。


ハッキリとは思い出せないが、ちょっと 「 甘い匂い 」 だったはずである。

これが海の近くなら潮風の香りだったり、田園なら草の香りだったりするのだろうが、この風は、そのような 「 発生源を特定できる代物 」 ではない。

どんな甘さかというと、「 気の抜けたサイダーを、限りなく水で薄めたような感じ 」 というのが、最も印象に近いように思う。

案外ひょっとすると、清涼飲料水の種類が豊富ではなかった頃の話なので、本当に、道往く人々が手にした瓶からの蒸発だった可能性もある。

だけど、家の近くでも、小学校の裏手でも、当時は至るところでその匂いを嗅いだし、人の居る気配を感じさせない場所にも、その匂いは存在した。


家族や友人と露店を巡ったり、適当に遊んで帰るだけの道程で、別に、女の子をナンパしたり、「 新しい出会い 」 を期待していたわけではない。

しかし、その風の匂いには、とてつもなく刺激的な誘惑が潜んでいるような幻想を抱かせ、目的地までの足取りを軽快にさせる作用があった。

ずっと後になって、女性との初体験をした晩や、アメリカでマリファナを体験したときも、もちろん興奮はしたけれど、そういうのとは異質である。

たしか、中学一年くらいのときに、仲の良い友人たちに 「 その風の話 」 をしたのだが、ほとんど全員が、その存在に気がついていたようだ。

目に見えるものではないだけに、他人に話したりするのが照れくさかったのだが、皆、密かに、その風に 「 ラリって、興奮していた 」 のが実態である。


思春期にありがちな 「 性的な衝動 」 とは違ったが、なんとなくそれと同じような 「 うしろめたさ 」 があり、家族には風の話をしなかった。

いまなら難なく 「 大人もその風を感じていたのか 」 ということを聞けるだろうが、すでに両親とも亡くなっているので、それは叶わない。

赤の他人に尋ねる方法もあるが、どんな風だったのかを説明するときに、あまりにも抽象的な解説しかできないので、それも難しい。

これを書いている今も、この内容をみて 「 なんのこっちゃ? 」 と首を傾げている人が大半なのではないだろうかという懸念を感じる。

さっぱりわからない人は、無理に理解しようとせず、「 ほお、昭和40年代の大阪には、変な風が吹いていたんだな 」 ぐらいで納得してもらいたい。


どうして、「 大人 ( 当時の ) も、その風に気づいていたか 」 を知りたいかというと、自分自身が大人になってから、感じたことがないからである。

子供の感性にしか響かない性質のモノなのか、あるいは、環境の変化によって風自体が消滅してしまったのか、その実態が知りたい。

あの頃は公害がピークの時代で、「 光化学スモック注意報 」 が出たら校庭に出てはいけないなど、ずいぶん今とは違う大気環境だったはずだ。

化学工場から排出された 「 いけない妄想をかきたてる有害物質 」 が大気に混じり、皆がそれを吸ってハイになっていたというのが真実なら笑える。

大人になり、臭覚が鈍くなったのか、環境が変わったのか、あるいは、「 この先に楽しい何かが待ってる 」 という期待が失せたのか、とても気になる。






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