| 2007年06月16日(土) |
まさか、エホバの証人が放火!? |
エホバの証人の教会[王国会館]が放火されたというニュースに注目していた。捕まったのはなんと驚いたことに、信者だった。夫が破門[排斥]されたことに腹を立てた信者である妻が火をつけたらしいけど。私はこの事件、信者が犯人だということだけは絶対ナイと思ってたから、結構ショックだ。
なんでって、あのエホバの証人の道徳心の高さからしてそんなことするなんて考えられないとしか言いようがないんだけど。そう思うのは、上の段のカッコ内でエホバの証人用語を使ってみたことからもわかるかもしれないが、私が元・信者だからだ。…というか、正確に言うとちゃんと信者だったのは母親で、私はいわゆる二世というヤツで、洗礼[バプテスマ]も受けなかった。
とはいえ、モノゴコロついた頃から19歳まで組織に交わっていたのだから、内情はかなりよく知っていると思う。今はもう信心深さも慎み深さも微塵も残ってない全くの一般ピープル[世の人]なわけだけど。余談ながら、私が何ゆえ辞めたかというと、神に喜ばれる生き方をするより、人間目線での地位とか名誉とかお金とかそういうモンを追いかけたかったからだ。超・俗物的なものを。
で、この事件で思い出したのは、結局いろいろあって排斥された母のことだ。 そういえば母も排斥されてからしばらく経った頃、私に「組織に背いた人[背教者]の集まりがどこかにあったら教えて」と頼んできたことがあって、確かに「何か仕返しをしたい」というようなことを言っていたのだ。
私はその時点ではとっくに辞めていたのだけど、組織に対しては特に何も思わず、ただ母に対して「自分が何か教えに背くようなことをして排斥になったくせに逆恨みも甚だしい」と思っただけだった。
また余談だけど、母は排斥になってから後、エホバの証人に対してだけでなく「私が不幸なのは全部周りのせいだ」と言い出して誰彼に対して復讐しようとする道徳的に明らかに間違った人になっていたので、それまでの母の道徳はエホバの証人の教え(というか、聖書かな)に守られていたとは思う。
この件では母は本人が既に排斥になっていて信者ではない状態だったのだけど、今回の放火については排斥されたのは夫であって、犯人はまだ信者だったわけだ。そこのところが大きく違う。
私はエホバの証人という組織を嫌っているわけではなく、迫害する気もない。 ただ、私が持っている彼らの印象は「個人と神との結びつきを重視するあまり、人と人のつながりが希薄だな」というものだった。
そういう意味でも、今回の放火事件はかなり特殊なものではないかと思う。自分ではなく夫が排斥されたことに腹を立てて…というのは私の感覚では非常にエホバの証人らしくない感情であり、同時にまた、非常に人間くさい感情だ。なので、(放火なんてとんでもないことは言うまでもないが)驚くと同時に、ちょっとホッとしたような気もしたのだ。
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