| 2003年05月21日(水) |
認められるべき場所で認められてこその“才能” |
“才能”という言葉は“正義”や“常識”と同じで、 言葉は存在するけれど実態のないものではないかと思う。
大衆に認められたり、誰かにとってお金になったりして初めて 「あの人には才能がある」などと言われるようになるだけであって。
その状態が正しいかどうかは別として、それが現状。現実。
「才能はあるのに、認められていない」というセリフはよく聞くが、 そんな事態自体が存在しないのではないか。順序が違うのだから。 (↑シャレではないぞっ)
数値化できない芸術方面のコトの話ね。文筆・音楽・映像…etc. スポーツ競技などはスコアに繋がるかどうかが明らかだから、別。
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例えば“詩”という単語をそこに置いて言うなら。
「自分に詩の才能があるのかどうか・どうすれば伸びるのか」
…を知りたいという種類の反応を期待して作品を発表しているのであれば、
それはつまり
「自分の詩は世間に流通して金になるものなのか・どうすればそうなるのか」
…を知りたいということであり、
個人レベルのサイト・同人誌といった閉じた世界で発表して 同志の詩人に向けて「辛口の率直な意見をお待ちしています」 と呼びかけても、ほとんど意味はないのではないかということ。
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詩に限らずあらゆる文筆活動に関してそう思っているので、 とっととコンテストなり売り込みなりの手段で出版社に送り 流通のプロである編集者の意見を請うことにしているのです。
そういうところから評価を受けることを 恐れたり、面倒くさがったりしていてはいけないと思う。
それが最後の審判で、入賞しなければ筆を折らなければならないわけでもないし。 選者の感性との相性良し悪しも確実にあるし、様々な運もあると思うから。 (これは逃げではなく、事実)。
「自然体で思うがまま書いて、それがたまたま世間の目に止まればラッキー」 などと、逃げ腰のキレイゴトを言っているのは趣味ではない。
金にも名誉にもならないことばかりやっている場合ではないのだ。 (この瞬間、物書きとして大きくイメージダウン。自爆)
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そういった経過を冷静に追うのが“活動記録”というコンテンツです。
実は、管理人的にはこのコンテンツがサイトのメインです。 “羽の行方”は文芸サイトですが、創作物を発表することがメインではなく。
落選した挑戦と入選した挑戦の数的な比を見ることもできるし、 ずっと続けていれば何年か越しで入賞するコンテストも出てくることでしょう。 そういった記録がどこかで誰かの励みにでもなれば良いな、とも思います。
あと、宣伝ね(笑)。一般売りの本は買ってねー <(_ _)> とかさ。
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…といった以上のようなことは、汐の超個人的な見解です。 あぁ、あまり上手く書ききれなかったけど。読み直すと微妙に違う。
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ただ、当然ながら汐は純粋に文章を書くこと自体が大好きで、そこが基本です。
特に金にも名誉にも繋がらない文筆活動も、趣味として大きな意味があるので 個人サイト上での作品発表やこの日記などもチカラいっぱい楽しんでやってます。
もっと単純に「見て、見て☆」とか「何かを感じてもらえたらいいな♪」って そういう気持ちで書いているものもたくさんあるから。
ということで、そっちのほうも相手してあげてね〜(;_;)
まったく何も考えていない自分のためだけの文章も多いけれど…(汗)
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