朝、機嫌良く『Do it! Now』などを歌いながら 駅までの道を歩いていたら、すぐ後ろに人がいて ちょっと恥ずかしかった。
ラップのところだって、ちゃんとやっていたのに。
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私は文字にすると、嫌なことは封印できる。
その出来事・事実を忘れ去るわけじゃないし なかったことにできるわけでもないけれど。
なんていうのかなー…
その時に受けたリアルな感覚というのを、 引き出しの奥に仕舞うことができるようになる。 文章にして吐き出してしまうことで。
そうするまでは、いつまでもリアルなまま 心の入り口で燻っているような感じ。
書いた瞬間、他人事になる。 …ちょっと違うか。
とりあえず。 私にとって文章を書くということには、 そういう側面があったりします。 他にもいろんな意味があるけれど。
でも、やっぱり人によって違うみたい。
友達は、文章にするとその事実が再確認されて リアルによみがえって、いつまでも忘れられなくなる。 だから文章にするのは余計に苦しいと言うし。
きっといろいろなんだろう。
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英国におけるシャム双生児に関する裁判の資料を読んでいた。
あぁ、命ってむずかしいな。
一方の命を助けるための手術を施すと、他方は死ぬ。
誰も悪くなくて・二人共に注がれる親の愛があって 救える命は救いたいという純粋な医者の願いがあって。
そこに政治的・金銭的・民族的思惑などなくて。 先頃の戦争のことでも命については考えたけれど、この話は更に痛かった。
命はみんな同等の価値を持っていて、誰にも等しく生きる権利がある。
そんなことすら、もしかしたらキレイゴトなのかもしれない。
みんな薄々気付いてはいるんだろう。
命を天秤に掛けなければならない事態というのは、確実にあることを。 一方を守って、他方を犠牲にする決断をしなければならないことを。
それでも、それがキレイゴトでも、言える限りは言い続けないと 世の中はますますとんでもない方向へ行ってしまうということを。
「命は平等だ」
言い聞かせるように、私たちは唱え続ける。
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昨日、遊ぶ宣言をしたのに仕事が入ってきてしまった。 世間のGWが開けてからでいいじゃーん(T_T)
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