部長motoいっぺい
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2002年11月06日(水) 言葉を超える友情

誰しも気の合う友達が一人ぐらいはいると思う。

気の合う友達とは、お互いをポジティブにとらえることができ、仮にマイナスな面を見つけても、それをお互いに消化できる(目をそらすのではなく)間柄だと思う。

気の合う友達かどうかということは、お互いに会話をしたり、一緒に過ごしているうちに気が付くことが多いと思うのだが、さて、意思の疎通が難しい間柄において、気の合う友達というものは見つけられるものなのだろうか。


僕の答えは、YES。


というのも、わが嫁と嫁の友達のキャサリンさんの関係を見ていてそう思うのだ。

キャサリンさんとの出会いは、息子がKindergartenに入学して間もない頃、スクールバスに乗れずに徒歩で帰らざるを得なかった嫁と子ども達を、キャサリンさんが親切にも車で送ってくれたのが最初である。(3月31日の日記参照)


それ以降、キャサリンさんの息子のパトリックとウチの息子、そして娘のブリアンナとウチの娘が仲良くなったこともあり、キャサリンさんの家に度々招かれるようになる。

彼女は、最初はアメリカに来て間もないウチの家族に、アメリカの習慣や文化といったことを教えてくれていた。つまり、不慣れなアメリカ生活を送る外国人家族に、アメリカ人として親切にしていてくれていたと思うのだが、カタコトでもウチの嫁とやりとりをしているうちに、「外国人」としてではなく、「小学生のお母さん仲間」として、ウチの嫁を扱ってくれるように変わってきたようだ。

嫁によると、国や言葉が違っても「子どもの教育問題」といったお母さんの悩みは共通なので、カタコトながらも話しがとても良く合うのだそうだ。

日本人の奥さんと現地の奥さんの関係は、とかく日本人の奥さんが現地の奥さんにいろいろな面で依存するケースが多いようだが(もちろんわが家もいっぱいお世話になっています)、彼女達の関係を見ていると、キャサリンさんもウチの嫁のことがとても好きで、一緒に過ごすことを楽しんでくれているようなのだ。

昨晩もキャサリンさんのお友達の家で、子供向けの本を紹介してくれる会合があったらしく、二人で仲良く出かけていった。


アメリカにきて意思の疎通が難しい中、気の合う友達にめぐり合えた嫁は、本当に幸せものだと思う。


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