笑う角に光りあれ...オレステス・デストラーデ

 

 

from otaku to new ones - 2004年10月18日(月)

我が家にはテレビがなく、それをむしろ美徳として生活している僕には、当然近頃のアイドル事情などわかりもしない。
がしかし、最近ネットを徘徊中ふと横道に入ってしまい、不覚にもモーオタ(モーニング娘。の熱狂的ファン)のblogにはまってしまった。
とりあえず、そこでは田中れいなさんという人と、高橋愛さんという人がフューチャーされているんだけど、その熱の入り方が尋常じゃなく、笑いを通り越して感動してしまう。
テレビに映る彼女たちに一喜一憂しているのは序の口で、この間見ていたところの管理人さんは、夢の中に彼女(モーニング娘。)が登場、なのに冷たいことを言ってしまい、起床後激しく後悔の念に苛まされる、という現実も妄想も軽く通り越した症状を発症していて圧倒された。


とにかく、みんなすごすぎ。


今や、こういったモーニング娘。を軸にした真面目な論文が発表される時代であり、彼女たちの登場は明らかに僕たちの世代の価値観を分かりやすい形で変えたんだなぁと思う。
それは例えば、こういった大人数で結成されているグループが、1ファンによってそれそれ完全に解体され、各々の好みによって再構築されているところにもよく表れている。
それはつまり、コンセプチュアルなものが成り立たない(成り立ちにくい)時代を暗示しているに他ならない。


どんなに作者が明確な意図をもって作品を作ったとしても、それらは容易に解体することが可能であり、それらをまた自分の好みでつなぎ合わせたり、コピーを作ったり、オリジナルなもののように再生することは十分可能だ。
そして、ここではこういった流れが良い悪いは問題ではなく、むしろここで使われるだろう「新しい」という言葉がはたして何を示しているのか、これをつきとめることが重要な気がする。


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