Seakの日記
日々感じたことを書き留めていこうと思っています。

2003年05月12日(月) 利用する者、される者

2003.05.13 (Tue) 1:07:56

今日は、研究室での集まりがあった。しかし、体調不良で一人休んだ上に、連絡するのを忘れていて、もう一人来なかった。…何をやってるんだか。体調不良はどうしようもないが、もう一人の方は僕のミスだろう。連絡係は僕になっていたのだから。Webページに書いただけで安心していたのがいけなかった。

12時半の集合だったので、12時に大学に着くように家を出た。本当はもっと早く着きたかったのだが。

ああ、こんな時間なのに疲れている。やはり大学に行くと、疲れ具合が違うのかもしれない。

それで、東京駅に着いた頃、その研究室の同級生からメールが来た。東京駅から大学までは2駅しかない。すぐそこまで来ていたとき、ということだ。寂しいから来てくれ、と。前回もそんなことを言われたような…。僕は基本的に、他人のために動くのは嫌いではない。それに、女の子から頼られるのは悪い気分じゃないし。いや、まあ、8割方こっちが理由かな…?「なるべく急ぐ」とか返したら、「きゃっ(^0^)だいちゅき☆」と返ってきた。…な、なんだか。もしかして僕は、本当に誰でもよくて、ただ利用されてるだけなんじゃないかと。そう思えてきた。いや、たぶんそうだろう。別にそれでも構わないと思うのは、プライドがなさ過ぎだろうか。

その同級生は、学食近くのラウンジで固焼きそばを食べていた。350円で、この学食では一番おいしいそうだ。割と派手で、まあ、ちょっとチャラチャラした感じの人がラウンジに僕を呼んで固焼きそばを食べているというのもなんだか不思議だ。入学した当時は、僕なんかにこの人と話す機会なんて、絶対ないだろうなと思っていたが。まさか同じ研究室になるなんて。先週と三週間前の水曜日に出てきた人もそうだが、入学した頃に気になっていた人とは一通り話ができた。普段は消極的なのに、女性が絡むと少しだけ積極的になれるようだ。まあ、今日の同級生の場合、研究室が違ったらやはりほとんど話さなかったのではないかとも思うが。

大学生活と銘打っているので、少しその点を見ておこうと思う。どうも数少ない感想を聞くと、大学生活のことよりも、僕の主義主張についての意見が多いのだが…。もしかして、大学生活の話よりも、僕の主張の方が読んでいておもしろいのだろうか?

それはそれとして、とにかく大学生活だ。他の大学は知らないが、少なくともうちの大学の場合、4年生になると授業の数が大幅に減る。文系では3年から減るという話もあるが、理系ではそんなことはない。3年生もぎっちりだ。3年後期は就職活動と重なって修羅場になる。彼女も大変そうにしていた…。まあ、それはいいとして、4年になると、生活の中心は研究になる。僕の場合は、比較的暇な生活を過ごしている。しかしこれは割とまれなパターンで、研究室にもよるのだが、この時期は基礎を鍛えるために、相当忙しい生活をしている研究室が多い。そもそも論文というのは、過去の論文を見ても書かれていないような、独創的な内容というのが最低限必要になる。従って、過去の論文に目を通すという作業がどうしても必要になる。…本来は。だが、学部学生はそんなことをやっていられないので、あらかじめそういう問題が起きないテーマを、教官が選んでしまう場合が多いようだ。もしどうしても卒論で研究したいことがあるなら、そういう研究室を選ぶか、事前に教官に言っておくことだ。時期としては大学にもよるが、研究室配属の説明が始まった頃がよいだろう。ただその場合、過去の論文を調べて自分のやりたいことをやっていないかどうかを調べたり、あるいは、過去の論文から自分の研究に使えそうな部分を探したりという作業が必要になる。

このような形で研究室での生活をするわけだが、そのときに、他の研究室の人とはほとんど会わない。もし同じ講義を取っていなければ、1週間に1度も会えないと言っていい。彼女は水曜日の講義を取っているので、会うことができるのだが…。だが彼女は、研究が忙しそうな上に就職活動もまだ続けていて、しかも講義がかなりつまらなそうだった。来なくなるかもしれないな…。まあ、そうであればそれは仕方のないことだ。

とにかく、人との交流が極端に少なくなる。3年生の頃にそうなるんじゃないかと不安に思っていたが、まさに予想通りだ。仲のいい友達とはメールなどで連絡を取り合っているが、逆に言えば、そうでもしなければなかなか会えない。同じ研究室に所属していても、講義を取っていなければ研究室の集合時間が伝わらないほどだ。まあ、これは上にも書いてあるとおり、メールなりなんなりで伝えなければならなかったのだが。

そんなわけで、今は少々鬱だ。まわりにたくさんの人がいて、普通に話せていた頃が懐かしい。いずれ慣れるのだろうが、今はまだ…。インターネットの人間関係に依存しそうな気もする。正直、研究室の同級生には救われている。本来は一緒にやるはずの人たちではなかった。しかし、その人たちを担当している教官と、僕を担当している教官がたまたま仲が良かったために一緒にやることになったわけだ。

ちなみに、僕の担当教官は、かなり評判が悪い。師事してみて分かった。理由は簡単。何も教えてくれないのだ。教官によっては、毎週の予定をきっちり組み上げ、何度も発表を繰り返し、そのために厳しい批評を繰り返すということをする。たとえば、彼女が所属している研究室がそうだ。僕から見ればスパルタと思えるくらい、ハードに基礎をたたき込まれている。当然上に述べた過去の論文を読むのは必須の作業となっている。他の友人も所属しているが、彼の場合は問題になるまい。性格に合っているようだし。叩かれれば叩かれるだけ強くなりそうなやつだし。でも、彼女はどうなのだろう…。心の強さは誰にも負けないんじゃないかと思うが、それでも、心配になる…。僕が心配したってなんにもならないことは分かっているのだが。まあ、彼女のことはともかく、厳しく基礎からたたき込まれるわけだ。

こういう研究室だけでなく、確かに基礎をたたき込まれるのは確かだが、雰囲気がまったく別物という研究室もある。学生が院生なども含めて自主的にレポートを作成し、それを論評し合うことで理解を深めるという形式を取っている。これは、上記の研究室と違い、取り扱う問題について理解しているのが教授だけ、という特殊な状況でないから可能なのだと思う。ちなみに、上の研究室ではとにかく流通の専門分野を扱っており、次の研究室では統計学の基礎を学んでいる。学ぶ内容が違うから、やり方も違うわけだ。

僕の研究室では、そもそもJavaというのを教官が知らない。従って、自分たちで勉強する以外にはない。教えてもらったりなどできないわけだ。その代わりに、やりかたについては基本的に教官側から口は出さないというのが方針になっている。ある意味で学生を信頼し、任せていると言える。その一方で無責任とも言える。無責任だから評判が悪くなったのだろう。これは、学生側の姿勢が問われるところだと思う。とにかく、どんな方針だろうと教授は教授だ。別に話を聞きにくいわけでもない。従って、学生側にやる気さえあれば、やることを強制される研究室よりも良いのではないか。もちろん、強制を否定するつもりはない。そもそも研究内容が違うのだから、どうしてもやらなければならないことがあるのは当然だ。そしてそれが、僕たちの場合は、自分自身でやらなければならないということだ。

弟がうるさいと言うのでこの辺にしておく。日記の題名に関することを書いていないが…。

2003.05.13 (Tue) 2:28:44


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