Seakの日記
日々感じたことを書き留めていこうと思っています。

2003年02月09日(日) 自分の評価

2003.02.12 (Wed) 19:31 Viewer: 11 Letters: 3554
日記を更新しないと
確実に見に来る人が減る。
マイエンピツから来る人がいかに多いかということが分かる。
マイエンピツというのはこの日記サイト「エンピツ」の機能で、
自分の気に入った日記を登録しておける上、
その最新の日記のタイトルを表示してくれる。
また、更新時間も示してくれる。
だから、更新されるとそれが分かるようになっているのだ。
現在僕が登録しているのは7人。
そのうち6人が女性であることに、
あまり意味はないと思う…。

そう言えば、このエンピツもそうなのだが、
一般にコミュニティなどでは女性の方が多い傾向にある気がする。
例えば、僕がよく利用している
ハピタンの場合、
総登録者数が57485人であるのに対して、
女性が34407人を占め、男性が19743人となっている。
数が合わないが、それ以外は「秘密」なのだそうだ。
とにかく、女性が59.85%を占めているのだ。
全員が本物とは限らないが、それでも半数は超えていることだろう。

別にそんなことを言わなくても当たり前かも知れないが、
コミュニティなどで仲間を捜したがるのは
女性の方が多いのかも知れない。
じゃ、男の僕はなに?と思うが、
まあ、あくまでも傾向だから、
別に男であっても構わないと思うが…。

ところで最近、まわりの人たち、
特に女性が、僕を見る目が変わってきたような気がする。
はっきり言って、高校までは歯牙にもかけられていなかった。
別に劣等感を抱いているわけではなく、
とにかく話す機会が少なかったのだ。
それに対して、大学に入ると、
話す機会が多くなったし、何となく認められている実感を持てるようになった。

たぶんこれは、僕自身が変わったわけではない。
社会全体の傾向か、うちの大学だけなのかは分からないが、
とにかく、彼女たちが僕を見る目、というのが変化したのだと思う。
はっきり言って、僕を見て、見た目がかっこいいと思う人はいないだろう。
顔の構造がどうとか言うよりも、
僕はとにかく、格好に気を使わないのだ。
使えないと言った方がいいかも知れない。
かっこいいとかそういう美的感覚が、僕にはサッパリ理解できないのだ。

話し方も、僕は「知的」ということが
非常に重要だと思っているので
例え暗いイメージを与えようとも、
むやみにはしゃいだりはしないようにしている。
「…ようにしている」だけで、
実際ははしゃいでいることも多々あるのだが。
だから、格好で差がつかない高校でも、
あまりよいイメージは持たれなかったのだろう。

そして、僕は大学に入ってもあまり変わっていない。
高校の頃はまわりに僕より優秀なやつがやたらといたので、
むしろ大学に入ってからの方が、
「まじめ」という印象が強くなったと思う。
にもかかわらず、周囲との人間関係がこれだけ変わってきた。
これはもう、自分ではなく、相手の考え方が変わったとしか思えない。

たぶん、見た目よりも内実を重視するようになったのだ。
僕は、見た目は下の下のレベルだと思っているが、
内実はそれほどひどくはないと、自分では思っている。
…最近はひどいものだが。
でも、卒論を選ぶときに楽なものを選ぶ、
とかいう、大学へ来る目的を見失っているとしか
思えない人と比べれば、ずっとマシだと思う。
こういうときに下と比べても仕方がないのだが…。

僕の卒論のテーマは、
交通流のシミュレーションだ。
シミュレーションは今、大流行の分野で、
他大学であれば希望する学生はたくさんいるはずだ。
にもかかわらず、このテーマを選択したのは僕1人しかいなかった。
僕がいる大学は流通がメインであり、
情報分野は副次的なものだという要因はあるが、
それにしたって僕1人というのはどういうことだろうか。
こんな花形分野を選ぶ以上、
競争は必至だと思って、
前々から教官に連絡を取ったり(4月の日記参照)していたが、
なんのことはない。結局希望者は僕1人だったわけだ。
ちなみに、この日の日記に
ロジスティクス工学科云々ということが書いてあるが、
結局カタカナの学科名はだめだと文部科学省に蹴られたため、
この名称は使えなくなったらしい。
…なんなんだ。
学術的な正確さより、見た目を重視するのだろうか。
官僚も変なところでこだわり派だ。
まあ、僕もカタカナの学科名なんて
安っぽくて嫌だが、この場合、れっきとした根拠がある。

面倒だが少し書いておく。
今は流通情報工学課程という名前だ。
課程と学科は、基礎教養担当の教官などのシステムが
若干異なる。
課程と銘打っている場合、基礎教養に関しては
所属課程に関係なく、すべての教官がすべての学生を教える。
だから例えば、文学などは大学の全学生が集まることになる。
と言っても、人気がないので20人程度だが…。

これを大学統合に伴って学科に再編することになった。
おそらく、教官の数に余裕があるのだろう。
それはいいのだが、ここで問題が出てきた。
流通と言うと、専門的には若干範囲が狭いのだ。
僕たちが学んでいるのはあくまでもロジスティクスであり、
流通のイメージとはかなり異なる。
例えば、一般に言う「流通業」については、
ほとんど学ばないと言っても過言ではない。
そもそもそういう分野ではないのだ。
そうではなくて、流通過程をいかにして構築するか、
その設計、管理、改善の手法がメインなのだ。
そして、その際に欠かすことのできない情報技術についても学ぶ。
トラックの配送計画だとか、
そのためのコンピュータによるシステムとか、
こういうものが、流通という言葉からイメージされるとは考えにくい。
例えなじみがなくても、ロジスティクスという
新しい言葉がふさわしいのだ。
…ちなみに、専門用語としてはかなり昔から使われているもので
由来までさかのぼると第2次世界大戦まで行ってしまう。
従って、新しいとは言えないかも知れない。

こんなことを長々と書いても仕方ない気もするが、
トラックの配送計画がなぜ重要なのか、ということだが、
これは要するに、コストダウンに限界が見えてきた、ということだ。
製造や販売におけるコストダウンは、
戦後、ほぼ一貫して挑戦が続けられてきた。
その結果、効率はすばらしく向上し、
優秀な成果を上げている。
だから、より一層のコストダウンは極めて難しい状況にあるのだ。

そこで登場するのがロジスティクスを始めとした、
流通段階でのコストダウンだ。
もちろん、コストダウンのみを目的としているわけではないが、
重要な目的であることは確かだ。
流通については、とにかくものを運べばいいという発想で
今まであまり問題にされなかった。
そのために、ほとんど効率の向上が見られないまま、
現在に至っている。
従って、他の分野が大きくコストダウンを達成した現在、
この流通部門が大きくクローズアップされつつあるのだ。
専門家だけが勝手に言っているだけではなく、
経営者もかなり意識しているということが、
日本経済新聞などによる情報から読みとることができる。
平たく言えば、削れるところがなくなってきたから、
今まで手をつけてこなかった部分も何とかしましょうということだ。

話が大きく逸れたが、
僕を見る目、という話だ。
おそらく、今までより多くの人が
見た目ではなく内実で判断するようになったのだと思う。
その結果、今までよりもずっと人間関係が良くなったのだろう。
なんかずいぶん自意識過剰のようだが、
これは内実に自信があると言うよりも、
見た目が良くて評価されているということがあり得ないから
結果として内実が評価されていると言うしかない、
ということだ。

ただ、コミュニケーションについては
これまでもずいぶんといろいろ調べてきた。
多くの人に話を聞いたし、
僕なりにいろいろ考えてみた。
その成果も、多少は現れているのかも知れない。
結果を一言で言ってしまえば
人の話をよく聞く、ということだが、
回り道をした甲斐はあったと思う。
こういう教訓のような言葉は、
なかなか理屈だけでは承服しがたいものだ。

それに、友人に恵まれたのも大きい。
一緒にいるだけで、僕自身の魅力まで高めてくれるような
実に魅力的な友人がいてくれる。
それもきっと、今の僕がここにあるために、
必要だったのだと思う。
そう言えばその友人、気管支炎で熱が出たまま
ずっと治らないと言っていた。
大丈夫なのだろうか…。

まだまだ月曜、火曜、水曜の日記があるので、
この日の分はこのくらいにしておくことにする。

2003.02.12 (Wed) 20:50


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