夏撃波[暗黒武闘戦線・歌劇派]の独白

2007年09月15日(土) 短篇小説『モノローグ』(夏撃波・作)

   治、かわいそうに。お前のお母さんも
  あんなふうに言わなくてもいいのにね。
  知ってるかい、お前のお兄ちゃんがあん
  なふうになったのも、元はと言えば、お
  母さんのせいなんだ。お兄ちゃんがお腹
  にいる時に、お母さんが転んじゃったん
  だよ。だいたいね、うちの家系に自閉症
  なんて障害者は一人もいなかったんだか
  ら。司みたいな子が生まれるなんてね。

 夢、だったのか。なんて嫌な夢を見てしまったんだ。実際のところ、祖母は幼い私にあんなことを言ったのだろうか。このところ、本当に悪い夢ばかりを見る。昨日は、義理の伯父がわが家にどなり込んでくる夢、「司のせいで、俺たち親戚は本当に迷惑している」などと口走っていた。その前の日は、私自身が兄の死を秘かに祈っている夢、その夢のなかで母は嘆き悲しんでいた。
 やはり病院の簡易ベッドがよくないのか、いや、隣に眠る兄の病状が思わしくないのが不眠の何よりの原因に違いなかった。昨夜も、夜中に嘔吐を繰り返す兄の背中を何度もさすった。今朝のご飯も結局手つかずで、兄はそのまま寝入ってしまった。
 午前八時、父が病室にやってきた。付き添い交替の時間だ。
 「治、大丈夫か」
 「俺は大丈夫だけど」
 「本当にすまない。まあ、俺も退職した後
 だったから何とかなるけど、仕事してたら、
 母さんの負担は大きかったな」
 「父さんも母さんも大丈夫なのか」
 「母さんはずっと泣きっぱなしだ。『なん
 であんないい子が白血病なの』ってな」
 「俺も最初は現実感なかったよ。でも、兄
 貴は今、生きようとして闘っているんだな」
 「こいつはずっと闘ってきたんだよ」
 「えっ」
 「病気になる前から、見えない巨大な敵と
 な。お前のお兄ちゃんはずっと闘ってきた
 んだよ」
 父が泣いているのがわかった。人前で涙など見せたことのない人なのに。私は気づかないふりをして、「仕事、行ってくるよ」と声をかけ、病室を出た。
 病院を一歩外に出た時、朝日があまりにまぶしくて、目がくらみそうだった。
 闘い、か。父にとっても、母にとっても、私にとっても、それぞれの闘いがあった。けれども、私たちのなかで兄がいちばん激しい闘いの人生を生きたのかもしれない。多くの傷を負いながら、何度も何度も立ち上がり、生きてきた。三十年以上にも及ぶその闘いにも、間もなく終止符が打たれようとしているのか。
 生きることは闘いだ。多くの援軍を得て勢いに乗る時もあれば、裏切られ、深く傷つくことだってある。けれども、誰もが死ぬ時は一人。その時、誰にもその一人の人間を助けることなどできないのだ。
 大きなくしゃみをひとつした後で、めいっぱい息を吸い込んで、私は今日という一日の第一歩を踏み出した。


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 今日は「短編小説」講座の最終日。受講者が創作してきた短篇について批評することに多くの時間が費やされた。
 今回、創作に当たって十分な時間をつくることができず、結局ギリギリまで悩んだ。何とか無理矢理にでも創り上げた作品であり、出来については不満な点もあった。受講者のなかから不足な点についての指摘もあったが、それは私自身にも十分に納得のいく批評であった。それでも、私の作品について、おおむね好意的に受け止めていただけたように思う。受講者のひとりが、「私は、この作品、好きです」という感想を言ってくださり、今回はそれだけで十分満足だった。できれば、この先、自分の追求するテーマで、小説に取り組んでみたいと思っている。


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