ふるさとの右左口郷(うばぐちむら)は 骨壺の底にゆられて吾が帰る村 (山崎方代)
18日昼ごろ、郷里に帰ってきた。今年3月市町村合併により「甲府市」となった「旧・中道町」の我が家に。「市町村合併して、市長村民税が10倍にはね上がった」と母がこぼしていた。 その母が私に「19日に方代忌があるけど、行かないか」と声をかけてきた。同郷の歌人・山崎方代が亡くなって、もう20年以上になるらしい。まあ、この前の朗読イベントでも方代さんを取り上げたことだし、方代さんの墓前で手を合わせるのも悪くはなかろう。そう思って母の誘いを受けることにした。 母は「方代会」の役員をしているので、当日は準備のため早めに出かけた。私は、太宰治研究家でもある叔父(母の弟)の車で現地に向かった。叔父は山梨での「桜桃忌」(太宰治を偲ぶ集い)を毎年企画している人なのだが、「方代忌」にも時々顔を出すらしい。 さて、方代さんの菩提寺でもある円楽寺に着いて受付を済ます。まずは方代さんのエッセイ集『青じその花』の一部が朗読された。方代さんの短歌の背景にあるその人生観などを知ることができ、興味深く聴いた。その後甲府市助役ほか来賓の挨拶、記念講演に続けて、お焼香、最後にお墓参りをして散会となった。 帰り際、中学・高校時代の先輩でもある甲府市職員のHさんから声をかけられた。「今年も短歌大会に応募してよ」と。そう言えば、このところ短歌も作っていない。「作れるようだったら、応募します」とだけ言って、会場をあとにした。 短い帰郷だったが、明日20日には名古屋に戻っていく。
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