| 2005年12月15日(木) |
詩「新解釈・忠臣蔵(2005)」 |
ある朝、私、グレゴール・ザムザが目を覚ますと、 自分が大石内蔵助に変わっているのに気がついた。
「そんなバカな!」 私は現実に起こっている現象が信じられず、つい つい「我輩は猫である」などと口走ってしまうが、 言うまでもなく私は人間、考える葦、「我思う、ゆ えに我あり」、というわけだ。
知らず知らずのうちに、私は見えない糸にあやつ られ、自らの運命をたぐり寄せている。 もはや逃れることはできない。私は、いつの間に か身も心も大石内蔵助になってしまったのだ。
「武士道とは死ぬことと見つけたり」 主君・浅野内匠頭の敵・吉良上野介を討ち果たし、 自らも切腹へと向かっていくしかない。 私は、ハムレットの心境になってつぶやいてみる。 「生きるべきか、死ぬべきか、それが問題だ」
元禄十五年十二月十四日、雪の降りしきる夜、吉 良邸にて上野介のお命頂戴。私は、主君の無念を晴 らした。 けれども、これですべてが終わったのだろうか。 上野介が今際の際に叫んだあの言葉が、今も私の 耳に残る。
「生まれてきてすみません」 「すべては太陽のせいなんだ」
上野介の最期の言葉、その声は紛れもない私自身 の声に他ならなかった。
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