ロシア連邦北オセチア共和国で起きた学校人質占拠事件で、少なくとも300を越える尊い命が奪われたという。まるで2年前の「モスクワ劇場占拠事件」が繰り返されているかのような印象を持った今回の事件であった。 ひとつには、ロシア軍特殊部隊の突入によって数多くの犠牲者が出てしまったという類似点である。他にとるべき道はなかったのかという疑問が浮かび上がり、どうしてもロシア当局の人権軽視の傾向を感じずにはいられない。 もうひとつ、ロシア当局の隠蔽体質も2年前と変わっていない。当局にとって不都合な情報を極力抑え、都合のいいように加工する、つまりは情報操作が露骨なまでに行われている。まあ、情報操作はアメリカ政府だって日本政府だってやっていることではあるのだが(今年4月の「イラク邦人人質事件」の際に湧き起こった「自己責任論」の出どころは日本政府だよね)。今回の事件での犠牲者の数、そして「チェチェン独立派の犯行」とされる情報までも疑問視されている。 ところで、プーチン(ロシア大統領)にせよ、ブッシュ(アメリカ大統領)にせよ、小泉(首相)にせよ、「テロとの戦い」という言葉をあまりにも軽々しく口にしてはいないだろうか。そもそも「チェチェン紛争」は何世紀にもわたるロシアによるチェチェン人弾圧に起因しているのではないか。9・11同時多発テロでは確かに罪なき多数の人々が亡くなられたが、その報復としてアフガンやイラクの無辜なる民衆を死に追いやったブッシュの罪は重いのではないか。事件の背後にあるものに想像力を働かせるべきなのだ。 そのことと関連して、もうひとつ言っておきたいことがある。今回の「学校人質占拠事件」や「9・11」での犠牲者については、世界中のマスコミが報道し、世界中の人々がその死を悼んでいる。その一方で、無意味に繰り返される戦闘のなかで死んでいったアフガンやイラクの民衆の死は、あまりに軽く扱われてはいないだろうか。どちらも尊い命であることに変わりはないはずなのに。 紛争(大小さまざまな)の平和的解決こそがほんらい政治に求められていることだ。戦争で解決するというのであれば、政治などいらない。もっと想像力を大いに働かせるべきなのだ。無意味な戦争に終止符を! すべての人々の心に花を!
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