今日、はしご酒ならぬ「はしご芝居」(?)をやった(つまり、1日のうちに立て続けに芝居を2本観た)。まあ、こんなことは別に今日が初めてではないし、1日3本観たこともあるけどね。
昼に観に行ったのが、劇団☆新感線の『髑髏城の七人』(新宿・東京厚生年金会館)。中島かずき作品をいのうえひでのりが演出した<いのうえ歌舞伎>だ。ホンとしての面白さもあり、演出的にも面白いとは思った。スピーディーな舞台転換は見事だったし、役者たちのテンポも悪くはなく、観客を厭きさせることはなかった。 ただ、「スーパー一座」(名古屋・大須を根城に、「ロック歌舞伎」で名を馳せた劇団)の元・座員として「歌舞伎」あるいは「ネオ歌舞伎」にはこだわりのある私、「歌舞伎」的見地からは多少なりとも不満があった。これは恐らく「役者論」とも関係するのだが、「歌舞伎」(あるいは「ネオ歌舞伎」)をカッコよく見せるためには「役者にある程度の力量が必要」ということだ。主演の古田新太の存在感は大したものだし、「新感線」の団員たちもそれなりに力量が感じられるのだが、客演のアイドル女優たち(悪く言えば「客寄せパンダ役者」)の役者としての力量はやはり見劣りがする。<声>の質が私の好みではないんだろうな。ギャグもギリギリすべってはいないのだが、これも私の趣味ではないんだな、きっと。まあ、それでも「新感線」だから許せるんであって、「新感線」もどきのテンポの悪い芝居は御免こうむりたい(一昨年くらいに観た、名古屋の某・「新感線」もどき劇団の芝居はサイテーで、思わず芝居途中で退席した)。 でも、「新感線」が一般受けする理由はよくわかったし、見せ方のうまさでは学ぶべき点も多かった。
夕方5時半から、渋谷・シアターコクーンに並んで、当日の立見席をゲット。蜷川幸雄演出、野村萬斎主演によるギリシャ悲劇『オイディプス王』の公演を見た。 私、いろんなジャンルの芝居を観るけど、能だとかシェークスピア劇だとかギリシャ悲劇といった古典も好きなんだな。たぶん、あの非日常的なセリフの言い方とかに心ひかれるものがあるんだと思う。 今回オイディプスを野村萬斎が演ずるという。和泉某という実力のない狂言師がいたが、野村萬斎は狂言師としても役者としても一流だと思うよ。実際ホンの面白さに加え、役者たちは熱演していたと思う。東儀秀樹の音楽も意外と合っていたし。 ただ、今回もうひとつ期待していた蜷川演出には若干不満が残った。今回の演出が決して悪いというのではない。そんじょそこらの演出家なら、出来過ぎなくらいな出来映えだとも思う。だが、蜷川は凡百の演出家とは違う。もっともっと凄い演出ができたはずではないか。今回の『オイディプス王』に関しては、小さくまとまりすぎているという印象を強く持った。もっと私たちの度肝を抜いてほしたかったな。
他にも観てみたい芝居はあったが、結局今回は以上の2つの芝居を観た。観劇は楽しい。でも、芝居を観ながらセリフを喋りたい衝動に駆られる瞬間がある。舞台にはどうやら魔物が棲んでいるものらしい。
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