NHK教育テレビで詩人・山之口獏の特集が放送されていた。何でも昨年が獏さんの生誕100周年にあたるとのこと。獏さんの詩からはその貧乏生活が垣間見られるが、その貧乏生活をとても大らかに歌い上げてもいる。窮乏生活のなかでも生まれ故郷・沖縄のことは忘れなかったこと、金子光晴との親交、また今日高田渡や佐渡山豊といったフォーク・シンガーがライブで曲をつけ歌っていること、などが番組の中で取り上げられていた。 実は、私が山之口獏という詩人を知ったきっかけは、高田渡の曲「生活の柄」「鮪に鰯」であった。それらの歌はまさしくフォークソングであり、ブルースであり、ソウル・ミュージックであり、つまりは「民衆のたましい」がこめられた肉声であると私は確信を持ったのだ。長らくそれらの詩が高田渡の詩だと勘違いしていた私だったが、山之口獏の詩であると知って獏さんという人物に強い関心を抱いたものだった。特に「鮪に鰯」という詩は秀逸だ。ごくありきたりの庶民の食卓の話から一挙に「核問題」にまで話が転換してしまうのだから。その転換の見事さはなかなか真似のできるものではない。少し長くなるが、「鮪に鰯」を引用してみるので、その世界をぜひ堪能してほしい。
鮪の刺身が食いたくなったと 人間みたいなことを女房が言った 言われてみるとつい僕も人間めいて 鮪の刺身を夢見かけるのだが 死んでも良ければ勝手に食えと 僕は腹立ちまぎれに女房に言った 女房はプイと横に向いてしまったのだが 女房も亭主もお互い鮪なのであって 地球の上はみんな鮪なのだ 鮪は原爆を憎みまた水爆には脅かされて 腹立ちまぎれに腹立ちまぎれに 腹立ちまぎれに現代を生きているのだ ある日僕は食膳を覗いて ビキニの灰を被っていると言うと 女房は箸を逆さに逆さに持ちかえると 焦げた鰯の焦げた鰯のその頭をこづいて 火鉢の灰だとつぶやいた
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