| 2003年05月16日(金) |
「ボッタクリ資本論」 |
職場への往復の電車の中で、青木雄二『ボッタクリ資本論』(光文社・知恵の森文庫)を読破。『ナニワ金融道』という漫画で有名な青木氏によるエッセイ集だが、資本主義社会の本質をひとこと「ボッタクリ」と表現している。言い得て妙だ。弱い者から搾れるだけ搾り取って、強者はますます肥え太っていく。そうした優勝劣敗の考え方が剥き出しにされたのが、今日の世界の現象ではないか。例えば、リストラ。例えば、米英によるイラク侵攻。例えば・・・。 けれども、問題は「資本主義社会のシステム」だけにあるのだろうか。資本主義以前の社会においても無法は罷り通っていただろうし、かりに資本主義社会から社会主義社会に移行したからと言って問題解決とはいかないだろう(近現代の歴史において、社会主義を指向した社会が辿った歴史を見れば、そのことは明らかであろう)。 問題の根源は、人間そのもののなかにあるように思う。もちろん、社会のシステムに問題がないわけではない。だが、資本主義というシステムを作り出したのも人間であり、権力というものを作り出したのも人間だ。 不完全な人間が作り出す社会が「理想社会」になるはずはない。この世の地獄を生きていくよりしょうがないのだ。だが、人間は決して苦しむためだけに生まれてきたわけではない。生きづらい世の中を少しでも生きやすくすること、そして人生の歓びを享受すること、そこにこそ生きる意味があるのではないか。 善も悪も、美も醜も、すべて一人の人間のなかに同居している。どちらの面を強く押し出すことができるのか、それによってその人の人生が決まる。欲望のすべてを悪とは思わないが、欲望ばかりを追求していると我利我利亡者に成り果てるだけだ。人生を美しく生きるためには、哲学が必要だ。 残念ながら、今日の世界の指導者のなかで哲学を持った人物は少数だ。ブッシュも小泉も、哲学を持ち合わせてはいない。数千万もの人々の反戦の意思表示を意に介すこともなくイラク侵攻に踏み切れるような感性の持ち主たちによって、今日の世界は支配されている。 でも、決して絶望することなく、生き抜いていこうと思う。
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