夏撃波[暗黒武闘戦線・歌劇派]の独白

2002年06月05日(水) 「障害者」だから不幸なのか?!

 障害者だから不幸なのか?!
 10年くらい前に読んで共感した本のタイトルだ。その著者は、ご自身も下肢に障害を持つ、生瀬克己氏(10年ほど前にお会いした時は、桃山学院大学の教員をなさっていた)であるが、今日はその本とは直接には関係のない話をしたい。「障害者問題」2題。
 その前にひとこと。私は、昔からずっと「恵まれない人々に愛の手を」という言葉の発する傲慢さ(強者の論理)を許し難いと感じ続けてきた。「恵まれない人々」とは誰を指すのか、そして、なにゆえに「恵まれない人々」は存在するのか。「恵まれない人々」を量産する社会(大多数の「普通の人々」によって構成された)の現実がある、ってことを私は忘れたくない。

 さて、ここからが本題だ。一つ目は、「『チャレンジド』を納税者に」という話。「チャレンジド」とは、「神から挑戦すべきことを与えられた人々」を意味し、「障害者」という言葉の持つマイナス・イメージをプラスに転じようとの意図から使われ始めた。最初はアメリカで。そして、日本においてもその言葉を定着させようとする人々がいる。その代表格が、関西に基盤を置く「プロップ・ステーション」(プロップとは、支え、つっかい棒を意味する)の活動であり、その活動の中心にいる竹中ナミ氏である。5月25日に竹中氏の講演会があるというので出掛けてきた。
 「『チャレンジド』を納税者に」というのはスローガンとしてあるが、本質的に実現したいことは別のことだと、彼女は言う。「コンピュータを一つの武器に」「職に就き、納税する」ことによって「社会参加を果たす」ということはイメージしつつも、最も実現すべきは「奪われた誇りを取り戻すこと」だ、と熱く語った。
(「プロップ」の活動や、竹中氏の考え方については、氏の著書『プロップ・ステーションの挑戦』をご参照下さい)。
 ところで、「障害者」という言葉が「チャレンジド」という言葉に取って代わること、そしてプラスのイメージが付加されていくことに、私は大きな意味があると考える。「めくら」を「視覚障害者」に置き換えただけ(「不適当な表現」を「とりあえず」「より無難な言葉」に言い換えただけで、依然マイナス・イメージは残る)というのとはレベルが違う。「障害者」に対するイメージがプラスに転じていくことによって、社会の現実をも変えていく力が蓄えられていくように思うのだ。
言葉の発するイメージが変わることにより、現実が変えられていく、と私は信じている。ということで「チャレンジド」という言葉を普及させようと思う。

 さて、二つ目の話。お題は「地域に暮らす『チャレンジド』〜グループホームでの取り組み〜」といった感じかな? グループホームというのは、(ごく単純化して言えば)大型施設の持つ弊害(閉鎖的かつ管理的な生活)に対する反省から徐々に生まれていった生活の場とでも言おうか。「地域のなかで」「一市民として」「誇りをもって」「人間らしい生活が送られるように」といった思いから、各地にグループホームが誕生していった。実は、私も20代半ばから30代はじめまで、とあるグループホーム(仲間内では「共同生活体」と呼んでいた)の一住人として(名目上は「世話人」という立場で)生活を送った。
 ひと昔前(?)には、「障害者」の多くは親の庇護の下に生活を送るか、「収容施設」に入るか、の二者択一しか考えられなかった。「親亡き後は施設へ」が通り相場だった。そことの比較では選択肢は増えたとも言える。だが、「健常者」に与えられた選択肢に比べたら、まだまだ選択の幅は圧倒的に狭い。その意味では、「障害者だから不幸」と言うべき現実が横たわっていることも事実かもしれない。そうした現実を変えていくことが、私のライフワークというか、使命だと、考えている(別に宗教家ではないけどね)。
 友人Sさん(かつての同僚でもある)が金山のマンション(オートロックの)の一室を購入して約1年前にグループホームを立ち上げた。同じく友人(かつての同僚でもある)Nさんもスタッフとしてかかわっている。Sさん、Nさんともに親しい友人である。私もボランティアとしてグループホームのお手伝いをするはずだったのだが、演劇に足を突っ込んでしまったのでSさんの皮算用ははずれた形になった。それでも、友人のよしみで時々遊びには行っていた。
 10日ほど前にNさんから「力を貸して欲しい」と電話が入った。「これまでSさんと2人でローテーションを組んでやってきたけど、それぞれに自身の体調や家庭の事情などもあって、2人では余裕がないので」とのことだった。早速打ち合わせて「当面週1回程度は2人に代わって『泊まり』(夜から朝にかけて、「チャレンジド」の生活を支える)に入るようにする」ことで合意した。
 で、昨晩はその泊まりの日。職場での仕事を終え、一度自宅に立ち寄ってから、グループホームに向かった。夜8時くらいに到着すると、入居者は既に夕食を終えて、テレビでワールドカップを見ていた(日本がベルギーに引き分けた試合のハイライトシーン)。そこには、ごくごく普通の生活があった。たわいもない会話を交わしながら、どこかホッとした時間を過ごしている。それぞれが思い思いの時間を過ごしながら、そこに流れる空気を呼吸する。言葉を発せずとも、そこには共有できる対話が成立しているのだ。「『障害者』である前に人間である」ということが「主義」「主張」でなく、「情感」としてそこに存在する。
 「障害者」だから不幸なのか?! 現実の厳しさを障害当事者は身をもって体験しているはずだ。第三者的には「不幸」とも思える現実がある。だが、待てよ。他人の人生に関して第三者が「幸福」とか「不幸」と決めつけることなど許されるはずもないのだ。ただ私は、共に過ごせた瞬間の幸福感をかみしめたい、と切に願う。  


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