バカ恋
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■ 人生ロジカル劇場 ■


あたしは所謂、おばあちゃん子です。




あたしがまだ伝い歩きを始めた頃、我が家は物凄く貧乏で、

其の上、母は体が丈夫では無く、おまけに直ぐに弟が生まれ、

全く持って明るい家族計画の欠片も感じられない家庭でした。

貧乏家族故、食糧事情も悪く、乳が出ない母と、

腹を減らした乳飲み子の弟は毎日泣いてばかりいました。




当時、一家は東京に住んでおりまして、

父は夢を喰って生きているような甲斐性無しで、

家庭は全く顧みない吟遊詩人のような男でした。

たまに家に帰ってくる程度で、一体彼は何処で何をしていたか謎。

彼の野望成就の為にあたし達親子は

途方も無く貧乏な暮らしを強いられていたのです。

そんな一家を慎ましく支えてくれていたのが、おばあちゃんでした。

遥々東京まで毎週のように足を運び、一家の食事の世話をし、

洗濯をし、掃除をし、あたしと弟の面倒を見てくれたおばあちゃん。




其れでも一家の暮らしは一向に改善される訳も無く、

見兼ねたおばあちゃんは、此の侭じゃ一家共倒れ、

少しでも食い扶持が減るようにと母を説得し、

あたしはおばあちゃんと共に暮らすことになりました。

そんな折、おばあちゃんの実母が病に倒れ、

おばあちゃんが面倒を見る為に彼女の故郷へ帰ることになったのです。

当然あたしも一緒に連れて。



おばあちゃんの実家はお寺さんで、どデカイ家でした。

幼稚園も経営していて、敷地は野球場くらい大きく、

あたしは運動不足に成る心配も無いほどでした。



其処での毎朝の日課は、

まず、朝六時に起床し、朝のお勤めをし、朝御飯を食べ、

ミイラのような曾祖母に御挨拶をし、台所でヤクルトを一気飲みしたら、

一目散で幼稚園へ行き、まだ来ない園児の御兄さんや御姉さんが座る椅子を

上手に並べる事でした。



二歳の子供が母親の元を離れ、

一年近くも何事も言わず、普通に暮らせたのは、

おばあちゃんが傍にいて、何時も可愛がってくれたからです。



子供の時だけじゃなく、おばあちゃんは何時もあたしの味方でした。

母親に甘える事が許されなかったあたしにとって、

おばあちゃんだけが甘える事の出来る唯一の存在なのでした。

親に叱られて泣いた時も、弟達とケンカした時も、

家出した時も、警察に捕まった時も、

何時も何時もあたしを慰めてくれたおばあちゃん。



そんなおばあちゃんも、今はすっかりボケ老人。

かろうじてあたしの事は判るけれど、

言ってる事はチンプンカンプンで意味不明で理解不能。

寝たきりになっている為、

御尻に出来た床擦れが酷く痛いそうです。



暫く会ってないけど、元気だろうか。

看護婦さんと仲良くしてるだろうか。




御正月に帰省したら、おばあちゃんの大好きなプリンを買って、

トン吉と一緒に御見舞いに行きたいと思います。

真っ先に。








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