カタルシス
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2002年04月24日(水) |
渋谷区松濤 観世能楽堂 |
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今一緒に仕事をしているライターさん(フリー)が古典芸能を得意とする方で、一昨日の月曜日に取材を終えた足での出社後 おもむろに 「これちゃん水曜日ヒマ?」と訪ねてきたので、 何だろう?と思いつつ特に用事のなかった私は「ヒマです。」と即答した。
「頂いたんだけど一緒に行かない?」と差し出されたのは『仕舞・狂言・能』のチケット。その日の取材の相手が狂言の某氏だったことで取材班一同何かしらの手土産を持たされて来たらしい。このチケットの他にも菓子やお寿司も持っていたから、自分の知らない世界がそこには存在するのだと妙な感心をしていたところだった。
何の伝手もなく買い求めれば、それなりの価値があるものだろうということはすぐに解る。そもそも古典芸能自体が気軽に観られるものではなく、同時に場違いな誘いを受けているような気になった。 「これちゃんこういうの好きそうと思って。」 「興味津々ですが、無関係者の私が行っても良いんですか?」 彼女に随行していたカメラマンやデザイナーと一緒に行かなくても良いのか?と暗に問ういてみた。すると、皆の都合が悪く適当な同行者がいないのだと告げられる。「寝ちゃっても全然大丈夫だから(笑)」と添えられたら、もう断る理由はない。お言葉に甘えてご一緒させて頂くこととなった。
連日の詰まり仕事の為に開演時刻には間に合わず、三幕あった仕舞は全て見逃してしまった。続く狂言『清水』も終盤の“オチ”の部分くらいしか観られなかったが、何とかお能だけは始めから落ち着いて観ることが出来た。
演目は『松風』というお能の中では割とスタンダードな筋書らしい。事前におおまかなあらすじを読ませてもらっていたので物語は頭の中に入っていたが、会場で配られた印刷物と売店で買い求めたミニサイズの謡本で謡いの内容は完全網羅できる。狂言は観劇経験ありだが、お能は初めてだったので、この謡本が後々非常に役立った。
実際に観たのは櫻間眞理氏の舞う能だったのだが、会場となっているのは観世龍の能楽堂なので売店で入手した謡本は観世流のものになる。パンフレットと共に配られた謡の内容と見比べると詞が若干違っているので、動きのない舞台に眠くなってくると決まって手元の謡文句を目で追い、双方を照らし合わせて読みながら睡魔と戦った。 謡を追えば役者の紡ぐ詞が聞き取れるようになるし、流派の違いや リメイクされた部分なども解ってなかなかに愉しめる。眠気もギリギリのところで抑えられるので助かった。
全ての番組(←という言い方をするらしい)が終了した後、関係者の方へ挨拶に行くライターさんを待つ間に友人へメールを打った。その内容は 「今夜の『その時歴史が動いた』を録っていたら見せて下さい」
NHKで毎週放送されている番組だが、どうも今夜は土方歳三がピックアップされていたらしい。(^^;) 幕末好きとしては押さえておきたいトコロだったが、普段TVを見ない人間なので放映の事を全然知らずにいた。他人から聞いて慌ててメールをするのも何やら間抜けな話だが、メールを出した心当りの相手にも「連絡ありがとう おかげで見れたよ」と返信してくる人が存外多かったのが更に間抜けだった… 類は友を呼ぶってことなのか? まぁ、もしTV番組がダメでも 狂言・能が観られたのだから、邦史古典の刺激は充分な夜だったに違いはないので、良しとしようか…。
挨拶を済ませたライターさんと渋谷界隈で夕食をご一緒し、解散。 また明日〜☆
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