昨日、父が亡くなった。 朝、電話をもらって、急遽、山形まで行ってきた。 葬儀は明日なのだが、わたしも姉も透析日で変更ができないため、 昨夜(田舎では仮通夜というそうな)顔を出し、今日の納棺まで はいられないからと、午前中に顔を出して帰路についた。
昨日の朝、目が覚めなかったのだと言う。 寝たまま行きを引き取ったのだ。 したがって、自宅で亡くなったのである。 病院で亡くなる人の多い中で、自宅で行きを引き取ることができ たのも、苦しまずに逝ったのも、幸せなことなのだろう。
なにより、さんざん自分勝手に生きてきたような父が、駆け落ち までした女性に最後まで看取ってもらえたことは何よりも幸せな ことなのだと思う。 父の兄弟姉妹も、7人兄弟のうち、これで4人が亡くなったのだ そうだ。 父の一番下の妹さんが義母と居てくれて、話をしてきた。 高校生の頃以来である。(35年ぶり) 未だに、山形で一番の高校に入った自慢の姪っ子のままの印象で いるらしかった。
しかし、父の弟さん(兄弟の中で一番まじめでできた人)が元気 でいてくれたので、義母は葬儀のこまごまとしたことやなんかは みんな任せていられると話していた。 義母は形ばかりの喪主なのだと言っていた。
帰り際に、写真が出来上がってきたのを係の人が飾りにきた。 ずいぶん前の写真だったようだが、とてもいい写真になっていて 思わずわたしはその写真をカメラに収めた。 いい写真だった。
姉は、一緒に出かけるつもりでいたのだが、微熱があって義兄が かわりに一緒に行ってくれた。 わたしの方は、夫が休めないということで、もぐちゃんをつれて の道中だった。 もぐちゃんは、ホテルでなかなか眠れずに、睡眠時間は6時間ほ どだったので、ついさっき、寝てしまった。 明日はしゃきっと起きられるのだろうかと、ちょっと心配。
父に対して、涙を流すことは無かったが、なぜか残された義母の ことを叔母にお願いしていて涙が込み上げた。 不思議だ。
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