今日届いた「嵐」のCDを聞きながら、2003年2月の日記を 読みふけってしまった。 自分で書いた日記なのに、面白かった。(笑) なんだか夫と二人きりの生活が面白可笑しく書いてあった。 とにかくわたしは夫が大好きなんだなと再確認した。 二人でやっていたゲームの話とか、アニメの話とか、テレビ番組 の話だとか。 まあ、楽しそうだった。 前半は14歳の思い出を綴った暗い話だったが、それ以外は千葉 県我孫子市の生活が楽しそうだった。 自分自身のことなのに、楽しそうというのも変な話だが、二人と も親になってみると、二人だけのまるで子どものような暮らしぶ りが懐かしく思える。
聞いている嵐のCDを注文したときに、間違って知らないグルー プのCDも注文したらしく、2つとも「嵐」のCDだと思って開 封したら、見たことも無いグループの写真がジャケットにあった。 こりゃあこまった。返品できないシステムなのに・・・・ ま、いっか、1枚くらい新発見のアーティストのCDがあっても。 きっと、もぐちゃんにばかにされるな。 7歳児に「ありゃまあ。」とか、言われてしまうのだ。(>_<)
もぐちゃん、今日は歯医者さんで定期検診である。 学童に迎えに行って、すぐに帰って来れるといいのだが、3学期 になって、帰る準備に時間がかかっている。 「やめる」ができない状態がまた戻ってきていて、なかなか遊び や本読みを止められず、帰る仕度に取りかかることができないで いる。 普通の子は、お迎えの家族が来るとものの5分とかからずに仕度 をして帰るが、もぐちゃんは10分以上かかる。 ひどい時は15分くらい待つこともある。 それは保育園の頃からそうだが、疲れている時は正直待つのはつ らいこともある。 イライラしてきて、母が迎えにきたのがうれしくないのかと思っ てしまったり、帰りたくないのかお前は、と思ったりする。 しかし、それは障害の症状の一つで、物事の切り替えがうまくで きないからのことなのだ。
決して母を大事に思っていない訳でもないし、帰りたくない訳で もない。 ただ、今やっていることをやめることができないのだ。 タイマーを持たせようかしら。(笑) もっと大人になったら、自分で切り替えがうまくできるような工 夫をするようになるだろう。 というか、そういう工夫ができるように指導していくんだろう。
発達障害を治すのではなく、自分の特徴にあわせて工夫しながら 社会に対応できるように指導していくのだ。 ようは、社会生活にそれなりに対応できれば良いわけだから、た とえば相手の感情を推し量るのが難しくても、こういうときはこ うするものだと学べば良い。 普通は相手を思いやって自然にできることが、感情を推し量るこ とが困難でできないのならば、学んで行うことでカバーする。 もぐちゃんの場合、たいていのことは普通に行えるが、まだまだ 相手の気持ちを推し量ることは難しいようだ。 唐突な行動も、相手を遮る行動も、ちょっとした刺激への過剰な 反応も、みんなわざとじゃないということを、親も周りも理解で きるようになるには、少しだけ時間が必要だ。
まあ、普通の人だって、人の気持ちが分からない人はそこら中に いそうなもんだが。
この声が君の耳まで届いたら振り向くことは知っているから(市屋千鶴)
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