鶴は千年、生活下手

2005年10月11日(火) 秋雨がつらい

梅雨寒よりも秋の長雨の方が、神経痛持ちには辛い。

今のところ、腰や足が痛いわけではない。
ただ、気持ちは沈みっぱなしである。

夫が元気の無いわたしのためにかいがいしく働いてくれるのを見
ては、ますます沈んでしまうような状態で、床につく頃には呆れ
られてしまうのだった。
なんだかんだと話をして気を取り直したりはするのだが、やる気
の無さ加減にはあきれられても仕方が無いだろうと思う。

日曜日はほぼ一日もぐちゃんを見てくれていたわけで、これ以上
贅沢を言ってはいけないと思っている。
どんなに夫がかいがいしくしてくれていても、母親のように子供
に神経を向けっぱなしではなくて、自分の見たいテレビは見たり
するわけだ。
なにも、ずっと神経を子供に向けている必要はないということは
理屈ではわかっているのだが、子供の声一つで血圧が上がるよう
な母性というものを持っている以上、父親よりも子供の要求や困
難に対して敏感なのはやむを得ないと思う。

だから、「ちょっとーっ、テレビばっかり見てないでよ。手元を
ちゃんと見てよね。」と言いたくなる時もあるのだ。
しかし、がんばってくれているからと、その言葉は飲み込んでし
まう。
飲み込んでしまうが、そう言いたいことは、一度や二度ではない
ので、その度にそれを押さえ込んでいると疲れてしまうのだ。
それ以前に、そう言いたくなってしまう自分に疲れるのだ。

夫は、どういう場面でわたしが言葉を飲み込んでいるのかを知り
たいらしいが、わたしもそれをいちいち覚えてはいないところが
別の意味で情けない。
説明するのも、なんだか情けないような気もした。

これは、ほんとにわたし自身の問題であるので、そのことで夫に
いやな思いをさせるのは申し訳ないと思っている。

気分転換には、掃除が一番だよと夫は言うのだが。

 目に見えるものが手っ取り早いから身辺整理してみませんか(市屋千鶴)


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