鶴は千年、生活下手

2005年04月12日(火) さくら

桜を見ると、思い出すものがたくさんあり過ぎて、短歌にしよう
と思うと余計な力が入ってしまうらしい。
桜の歌では、あまり気に入ったものが作れていないのは、そのた
めだろうと思う。

わたしのふるさとでは、桜はGW直前辺りに満開となり、地元の
人造湖ではその時期にお祭りがある。
そこだけではなく、GWの頃には各地で春のお祭りがある。
お祭りといっても、神輿を担いで練り歩いたりするいかにもお祭
りという感じのものではなく、神社を中心に露天商が並び、家々
には親戚や近所からの客が出入りする。
いわゆる本家にあたる家では、分家から必ず挨拶に来る。
わたしの生家は本家だったので、座敷にはたくさんのお膳が並び、
お膳で囲まれた真ん中で歌を歌わされたりしたことも有った。
何を歌ったかというと、民謡の「どんぱん節」や「真室川音頭」
だったりする。
父の弟達は、皆歌がうまい。父もうまい。
祖父母はどうだったのだろうか。聞いたことがなかった。

そういう時期に桜が咲くのだから、卒業式や入学式=さくらとい
う感覚はあまりなかった。
わたしが子供の頃は、卒業式は雪の中だった。
門柱だけの小学校や中学校の門柱の横には、除雪された雪が塀の
ようになっていて、卒業証書の筒を抱えて門の前で撮った写真は
制服もスカートではなくスラックスで、コートを着ていた。
入学式も、雪はまだ残っていた。

桜で入学式とつながるようになったのは、姉の子供達が小学校に
入学する頃からだろう。
母は、姉の上の子が産まれたのを機に上京し、9年間多摩に暮ら
し、二人の孫の面倒をみた。
母の葬儀には、姉も知らない近所のお母さん達が来てくれた。
田舎から上京し、知り合いの少ない中で子供と日々を暮らしてい
て、たまたま耳にした母の話す訛った言葉が懐かしくて話をする
ようになったという若いお母さんもお焼香に来てくれた。

平成元年、美空ひばりが亡くなった年。
桜の頃にはもう人工透析を開始していた母は、半年後には墓の中
にいて、その墓地では春になるとたくさんの桜が咲くのである。

 にぎやかな方が好きだという母に向いているのだろうその墓地は
                          (市屋千鶴)


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