桜を見ると、思い出すものがたくさんあり過ぎて、短歌にしよう と思うと余計な力が入ってしまうらしい。 桜の歌では、あまり気に入ったものが作れていないのは、そのた めだろうと思う。
わたしのふるさとでは、桜はGW直前辺りに満開となり、地元の 人造湖ではその時期にお祭りがある。 そこだけではなく、GWの頃には各地で春のお祭りがある。 お祭りといっても、神輿を担いで練り歩いたりするいかにもお祭 りという感じのものではなく、神社を中心に露天商が並び、家々 には親戚や近所からの客が出入りする。 いわゆる本家にあたる家では、分家から必ず挨拶に来る。 わたしの生家は本家だったので、座敷にはたくさんのお膳が並び、 お膳で囲まれた真ん中で歌を歌わされたりしたことも有った。 何を歌ったかというと、民謡の「どんぱん節」や「真室川音頭」 だったりする。 父の弟達は、皆歌がうまい。父もうまい。 祖父母はどうだったのだろうか。聞いたことがなかった。
そういう時期に桜が咲くのだから、卒業式や入学式=さくらとい う感覚はあまりなかった。 わたしが子供の頃は、卒業式は雪の中だった。 門柱だけの小学校や中学校の門柱の横には、除雪された雪が塀の ようになっていて、卒業証書の筒を抱えて門の前で撮った写真は 制服もスカートではなくスラックスで、コートを着ていた。 入学式も、雪はまだ残っていた。
桜で入学式とつながるようになったのは、姉の子供達が小学校に 入学する頃からだろう。 母は、姉の上の子が産まれたのを機に上京し、9年間多摩に暮ら し、二人の孫の面倒をみた。 母の葬儀には、姉も知らない近所のお母さん達が来てくれた。 田舎から上京し、知り合いの少ない中で子供と日々を暮らしてい て、たまたま耳にした母の話す訛った言葉が懐かしくて話をする ようになったという若いお母さんもお焼香に来てくれた。
平成元年、美空ひばりが亡くなった年。 桜の頃にはもう人工透析を開始していた母は、半年後には墓の中 にいて、その墓地では春になるとたくさんの桜が咲くのである。
にぎやかな方が好きだという母に向いているのだろうその墓地は (市屋千鶴)
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