今日はぷらむの吟行。 わたしは、相変わらず午後からの歌会にのみ参加した。 今日の参加者は、わたしを含めて五人。 吟行に不参加だったのはわたしだけだった。 提出する短歌三首は、相変わらず南大沢の公民館に到着するまで に作った。 小田急線で一首、京王線で一首、公民館までで一首である。
風に舞う多摩の桜よもう少し足を伸ばして亡母(はは)まで届け (市屋千鶴)
廃校に桜吹雪は輝いて入学式の幻を見る(市屋千鶴)
春風に押し戻されて振り向けば花びらスクリュー引き連れており (市屋千鶴)
多摩で桜が咲いていると、亡き母を思い出す。 わたしの手元にある母の最後の写真は、甥の入学式の後で団地の 裏の芝生で、小学校の桜を背景に撮ったものだ。 多摩の桜を見ると、この写真を思い出すのである。 その約半年後に母は亡くなった。
さて、歌会では、残念ながら一点もいただけなかった。 今回の歌は、三首とも言葉の選択がいま一つだった。 一首目は、「桜」と「花びら」の違い、「足を伸ばす」の使い方。 二首目は、「桜吹雪」。 三首目は、動詞が多すぎること。
他の参加者の方の歌には、やはり臨場感が有った。 吟行に同行していないわたしでも、その場の情景が浮かぶ歌が多 かった。 東先生の歌を、二首選んでいた。 東先生のもう一首にも惹かれたのだけれど、一つの言葉に引っか かって選ぶことができなかった。 きっとこの歌は、東先生の歌だとわかっていて、それならばなお のこと引っかかった。 珍しく、一つの言葉遣いのことで少々熱くなった。 本当に珍しく。
帰宅すると、もぐちゃんが迎えに出てくれた。 夫と二人で、お掃除していたらしい。 ちり取りを構えたりして手伝っていたらしい。 夫の話を聞いていると、かわいくてたまらなくなった。 お手伝いが好きなもぐちゃんである。
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