鶴は千年、生活下手

2005年02月13日(日) ぷらむの日

今日はぷらむの日。
めでたいニュースを二つ知った。
一つは、有名歌人の結婚の話。
しかもお相手は、あるミニオフ会でご一緒したこともあり、他に
もイベントでお会いしたことのある女性。
もう一つは、ぷらむの男性会員の方が昨年結婚して、11月には
男の子の父親になっていたこと。
どちらのニュースにも驚きと喜びが有った。

さて、今月のお題は「門」。
 門柱がコンクリートに変わっても母校に塀は造られぬまま(市屋千鶴)

 三人で肩を並べて歩くのも校門までの友情だった(市屋千鶴)

 思い出は脳に刻んでおいたから門を出たって振り返らない(市屋千鶴)

東先生も、今月のお題は難しかったと思うとおっしゃった。
確かに、「門」というとかなり限定した使い方になってしまう。
わたしのは、三首とも「校門」だった。

一首目。
故郷では、除雪の際に邪魔になるということも有って、塀のある
家はかなり少なかった。
学校もまた塀が無かった。
小学校にも中学校にも無かった。
まわりは田んぼや民家や山である。
小学校の校庭を通らないと行けない家も有ったし。(笑)
そんな小学校に新しい校舎ができたとき、木造だった門柱がコン
クリートに作り替えられたが、やはり塀は無いままだった。
この歌では、前半が理屈っぽいので、塀が無くてコンクリートの
門柱だけが立っている学校の様子だけを詠んだ方が良くなるとの
指導をいただいた。

二首目。
女子生徒らしい歌と読んだ方がほとんどだった。
学校の中ではいつも一緒の三人組だけど、校門を出たら別々にな
る女の友情への冷静な目とか、学校を卒業したらいつまでも肩を
並べて入られなくなるということを言っているのではないかとか。
それなりに評価をしていただいたが、実際のところを説明すると、
それは面白すぎるから連作にしたらいいと言われた。
あるいはエッセイにと。(笑)
というわけで、この歌に関する話は、別の日に。(笑)

三首目。
「脳に刻む」といういい方が、記憶するという強い意志を感じさ
せ、下の句とマッチして、わたしらしい男前な歌になっていると
いう意見をいただいた。
「わたしらしい=男前な」、なのは妙に納得。
わたしは、両親の離婚で中学三年になる時に転校したが、その時
には、もう決してこの土地に帰ってくることは無くなるのだとい
う気持ちも有り、これまでの学校での思い出は忘れないでおこう
と決めたのだった。
もう振り返ることはできないと思っていた。
「脳に刻む」、つまり物ではなく、記憶として残しておこうとす
るのは、女性ならではの捉え方ではないかという意見も出た。
男性ならば、何か物を残したり、物を通じて思い出したりするの
ではないかというのだった。
女性だから、右脳に刻むのだと。
ああ、なるほど、と思った。
刻まれたものが、少しずつ変化して行ってしまうことも、実際は
あるのだが。

帰宅すると、家中がこぎれいになっていた。
ぷらむの日に毎回思う。
もしかしたら夫の方が家事に向いているのかもしれないなと。(笑)

南大沢までの電車の中で作った歌。

 プリクラのノート見せ合う少女らの眉はきれいに整っている(市屋千鶴)


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