鶴は千年、生活下手

2005年01月06日(木) 冬の姿

毎年、冬はやってくるけれど、その有り様はそれぞれ。
自分が子供の頃の冬は、本当に雪が多かった。

わたしの生家は茅葺きの平屋だったから、屋根から滑り落ちた雪
で窓は塞がってしまうほどだった。
雪囲いのために、窓の外には木枠が取り付けられるのだった。
そして、そこに横板がはめ込まれて行くのだ。
明かり取りの天窓だけが外を見られる窓だった。
屋根から落ちた雪は、その明かり取りの窓をも塞いでしまうのだ。
雪下ろしは、雪掘りとも呼ばれた。
屋根からおろした雪は、そのままでは家が埋まってしまうので、
雪の中から家を掘り出すようになるのだ。
軒下から段々が作られて行く。
雪の段々は、明かりを反射して、天窓に届けてくれるのだ。

玄関から、雪の階段を4、5段上って庭の部分の雪の上を歩き、
そしてまた4、5段降りて道路に出るのだった。
庭の部分の雪は、わら靴で踏み固めた。
わら靴というのは、米俵の片方のフタを外した形で筒状にし、残
したフタを靴底として履くのである。
大きい物なので、歩くには技術が必要である。
それぞれ縄で把手がついており、歩く時にそれを持ち上げながら
歩くのである。
これで雪を踏み固めると、一往復でしっかりと道ができる。

雪下ろしのときに履くのもやはりわら靴と呼ぶのだが、こちらは
わらじにカバーを付けたような形をしている。
それをゴム長靴に縛り付けて履く。
屋根の雪の上を歩いても滑らない優れものである。

軒下に段々になった雪は、固くて、そり滑りにはちょうどいい。
肥料袋にわらを入れて口を縛ったもので滑って遊んだ。
近所ではおそらくわたしの生家にしかなかったのではないかと思
われる竹下駄でも滑った。
竹下駄というのは、雪下駄の歯の部分に竹が張ってあるものだ。
たぶん、見たことの無い人がほとんどだと思う。

こんな話をすると、わたしは10歳くらい年上の方々から、同じ
ような体験をしていると言われることがある。
要するに、わたしの生まれ育ったところは、そういうところなの
である。
生まれ育った家もまた、古い建物だった。
小屋には、古い農機具や生活用品があった。
足漕ぎの脱穀機とか、手回しの米の乾燥機とか、学校の資料室に
寄付するような物達。

雪が降ると、30年も前に無くなったあの古い家を思い出す。

 ああ、ここにいるぞと叫ぶわたしごと家ごと雪は消し去って行く
         (市屋千鶴 2000年10月作
               2003年2月10日の日記にて引用)


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