鶴は千年、生活下手

2004年12月12日(日) ぷらむの日と忘年会

今日はぷらむの日。
東先生が少し遅れてくる間、女性6人で雑談をしていた。
黄色は難しい色だとか、なかなか着こなせないよねとか。
どうしてぷらむ短歌会に入ったのかとか。
先生が到着し、様々な「黄」の歌を読んで、感想を述べ合った。
今回の短歌鑑賞は、大野道夫さん。
プロレス好きとの話に、プロレス談義が一瞬燃え上がった。
談義というより、参加メンバーの男性一人とわたしがプロレス好
きだったために、感想に熱が入ったものなのだが。

今回のわたしの歌は、題詠で三首。

 はるかなり 黄金の波輝けるわがふるさともきみのこきょうも
                          (市屋千鶴)
 ぽつねんと黄昏れている電柱をたどった先にふるさとがある
                          (市屋千鶴)
 南下するほどに言葉は柔らかく黄色人種の声は優しい(市屋千鶴)

一首目。
「はるかなり」で始まり、一字空けの後の「黄金の波」と続くの
は、やや大げさであり、内容と会っていないようだという指摘。
「はるかなり」を流れの中に組み込んで詠んではという指導。

ニ首目。
わたし独特のふるさと感があると、先生をはじめ、みなさんから
感想をいただいた。
わたしの頭の中では、田んぼの中の一本道に沿って立っている電
柱が浮かんでいた。
それは、生家を出てからどうしても渡れなかった、生家のある村
への橋へと続く道路であったり、生家を出てからずっと世話にな
った親戚の家に続く道であったりする。
きっと、本当に帰りたいのは、両親が離婚するまで住んでいた村
なのかもしれないし、その後の生活で一番楽しかった思い出のあ
る親戚の家なのかもしれない。
生家が存在しなくなった自分にとって、ふるさとはあまりに遠い。

三首目。
理屈で作ると失敗するという典型だと思う。
最初の発想は、中国語でも北京語と広東語では広東語の方が言葉
の持つ響きが柔らかく、さらに南下してベトナム語になると、更
に柔らかさが増すような感じをもっていて、それを歌にしようと
したこと。
しかし、「黄」を使いたかったので、「黄色人種」を出してきた
のだが、そこが理屈っぽくなってしまった原因だと思う。
南下するほどに柔らかくなるアジアの言葉、という歌にしておけ
ば良かったのだろう。

短歌会が終わって、ヨーカドーの上のイタリアンのお店で忘年会。
男性は一人だったが、その彼の守備範囲の広さに驚くばかり。
意外なことを知っていたり、体験していたりするのだった。
その彼に、プロレスをこれほど知っている人がぷらむにいるとは
と、驚かれたのはわたし。(笑)
なにしろ、銀行員時代、いや高校がほとんど男子の学校だった頃
から、おやじ感覚を持って暮らしてきたので、大野道夫さんの歌
にひどく共感したくらいだし。

ほんとうにしばらくぶりで、たくさん話をした。
それも、自分の話で他の人が笑ってくれる快感を、久しぶりに味
わった。   ああ、快感。(お笑い体質?!)
わたしは、ぷらむ短歌会に入って、本当に良かったと感じる瞬間
の一つ。(笑)

今日は、結婚記念日。七周年。
忘年会は夫からのプレゼントだと思っている。

 たくさんの笑顔を胸に受け取って君にわが子に伝えられたら(市屋千鶴)


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市屋千鶴 [MAIL]