鶴は千年、生活下手

2004年10月24日(日) 旅行2日目

3時頃、ふと目を覚ましたら、もぐちゃんが座ってわたしを見て
いた。
あれま、どうしたの? といいながらおむつを換えるとまた寝た。
朝の6時半頃にミルク。
朝食には、もう着替えて登場。
大根と厚揚げの煮物、湯豆腐の豆腐を、わたしや夫からもらって
食べていた。大根はおいしかったようだ。

旅館を出発して、海産物のお土産屋さんに寄った。
皆で試食して、なんだか皆でイカやアジを買っていた。
それから箱根に向かい、芦ノ湖畔で昼食。
2歳児とその母親(もうすぐ40歳)、姪(24歳)、従姉の子
(中学1年)とで、スワンボート(アヒルボート?)に乗ってい
た。
他の面々は、ボートから手を振る2歳児に手を振って応える係と、
0歳児係、1歳児係。
大観山も経由したが、あいにく富士山は見えなかった。

もぐちゃんは、海老名のSAでのトイレ休憩でおむつを替えたら
泣き出した。
その後、東林間につくまでの間、1歳児と交互にぐずっていた。
帰りはことのほかスムーズで、3時半頃には東林間付近に到着し、
わたしたちは先にバスを降り、ベビーカーで家まで歩いて帰った。

この2日間、移動はバスの中だし、初めて見る人達が全て自分に
対して愛想を振りまいてくれるという環境に置かれたもぐちゃん
は、泣かない子だねぇとか、おとなしいねぇとか言われていたが、
帰宅してからの反動は大変なものだった。
なにやら大声は出すし、やんちゃぷりに拍車がかかった感じ。
両親以外の14人の大人と2人の子供との2日間は、かなりの刺
激というかストレスになったのだろうか。

台風の爪痕は、人里にも、山の中にも等しく残されており、道路
から見える山肌が、崩れているところがたくさん有った。
誰も知らないところで、山は崩れていたのだなぁと思った。
そんなこと、当然なことなのに、なぜか忘れてしまっている日常。

帰宅してテレビで見た新潟に様子は、更に凄いことになっていた。


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市屋千鶴 [MAIL]