昨夜、夫は結局12時半頃の帰宅した。 10人くらいいると、1人くらいは困ったちゃんがいるものだ。 とは、夫のぼやき。(笑)
今日はぷらむの日。 今月のお題は「音」。 濁音と鼻濁音とを区別する君は根っから銀行員なり(市屋千鶴)
摩擦音嫌う息子を横に見て深夜の夫は雑誌を閉じる(市屋千鶴)
本音など聞いてみたいと思わない 空の遠くで夕焼けていく(市屋千鶴)
一首目。 わたしが銀行員だった頃の同僚のことを詠んだもの。 銀行では、新入社員研修からきっちりと電話の受け答えとかを練 習させられた。 数字の書き方も決まっているらしい。 札勘(お札の勘定)も練習する。 それは、わたしのようにシステム部門で、プログラマーとして入 社したものも、同様に行われた。 ただ、その基準がぬるいだけのことだ。 その同僚は、支店からシステム部門に来たことを不満に思ってい たらしく、銀行員であることにプライドを持っていた。 ステイタスを重んじるタイプ。 外回りや取引先との電話のやり取りで鍛えられた彼の会話の中で は、濁音と鼻濁音の区別がしっかりできていた。
二首目。 「嫌う息子を横に見て」が説明的なので、乳飲み児であり、摩擦 音が嫌いであるらしいとわかる反応などを具体的に入れた方がい いというご指摘。 なるほど、まったく。 「嫌う息子」だと、嫌いだと口にして話す年齢になっていそうだ。 やはり、説明的になってしまうという部分、わたしの短所である らしい。 考えれば考えるほど説明的になったりするのも、困ったものだ。
摩擦音に体をよじる幼子の横で夫は雑誌を閉じる(市屋千鶴)
「深夜の夫」は残しておきたい気もするし、検討の余地は、まだ まだいっぱいだ。
三首目。 前半を読んで、今は本音を聞かないでおこうという二人の関係性 がいい感じという意見をいただいた。 なるほど、二人なのかと思った。 わたし自身は、一人で空の遠くを思い描いている感じだった。 本音など聞かない方が暮らしやすいことも多いなぁという気持ち からの一首だったが、今のままの上の句だと、そこまでは読めず に、やはり二人の関係性にとられるようだ。 「本音など聞いてみたいと思わない」は、少しくどい感じだとも。 なんだか、これだと強すぎるような気もするけれど、改作。
本音など聞かずに生きていけばいい 空の遠くで夕焼けていく (市屋千鶴)
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